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August 08, 2018

ピアソラ=フェレール幻のオラトリオ『若き民衆』をめぐる真実

感無量である。20数年間追い続けた、アストル・ピアソラ(曲)=オラシオ・フェレール(テキスト)による幻のオラトリオ『若き民衆(エル・プエブロ・ホーベン)』のテレビ放映版を、遂に観ることが叶ったのだから。

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これはオープニングではなくエンディング部分のタイトル

ところで、この『若き民衆』とは、いったいどのような作品なのか。新たに判明した事実を元に、成立までの動きを追ってみよう。

1970年、ピアソラ五重奏団は、ブエノスアイレスのライヴハウス、ミケランジェロに定期的に出演していた。そこに撮影に来たのが、ドイツのザールブリュッケンのテレビ局「チャンネル2」である。

年が明けて1971年、五重奏団をいったん解散したピアソラは2月中旬、パートナーでもある歌手のアメリータ・バルタールと連れ立ってパリに向かう。そこに件のドイツのテレビ局から、専属のオーケストラとコーラス隊を配置してピアソラの音楽を紹介するという1時間の特別番組の企画の提案が舞い込む。これを受けたピアソラはそれに見合うテキストを書くようフェレールに声を掛け、3月にはフェレールも合流。ザールブリュッケンで契約が結ばれ、ピアソラとフェレールは作品作りに取り組んだ。そして5月24日に書き上げられたのが、オラトリオ『若き民衆』である。

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3人は8月に帰国。ピアソラは新たなグループであるコンフント9(ヌエベ)を結成し、11月20日にレジーナ劇場で正式にデビュー。RCAビクトルにアルバム『ブエノスアイレス市の現代ポピュラー音楽 第1集』を録音したのは、ディエゴ・フィシェルマンの監修した2005年版CD("Edición crítica"シリーズ)によれば12月15日とのことだが(わずか1日ですべて録音されたのかは疑問)、その直後にアメリータと共にザールブリュケンに向かい、2週間かけて自身のバンドネオンとアメリータの歌、そしてザールブリュッケン放送交響楽団およびザールラント放送ダンスオーケストラの楽団員で構成された60人編成のオーケストラ(指揮はハインツ・ゲーゼ)によって『若き民衆』サウンドトラックのレコーディングが行われる。この時は朗読とコーラスは録音されなかった。歌詞はともかく朗読がスペイン語のままでは視聴者に伝わらないという判断も働いたようだ。

番組制作が再開されたのは実に1年後の1972年12月で、この時はホースト・ドイチャー率いるテレビ局の撮影クルーがブエノスアイレスを訪れ、街や人々、パラナーのデルタ地帯、アメリータと男性(振付師オスカル・アライスのバレエ団のダンサー)との濃厚な絡み、といったそれぞれの曲に見合うシーンが撮影された。これに遡る10月中旬、ピアソラは単独でザールブリュッケンに行き、進捗状況を確認していたようである。

1973年は『若き民衆』に関して、何も進展がなかった。ピアソラとアメリータの関係は冷め始めていて、お互いに単独での行動も多かった。更に、ピアソラとフェレールで『ブエノスアイレスのマリア』を書いていた1967年の終わりに結んだ5年間のパートナーシップ(基本的にお互いのためにしか曲や詞を書かないという取り決め)も終了していた。そしてこの年の10月25日、ピアソラは心臓発作で倒れ、休養を余儀なくされる。

1974年3月、復帰したピアソラはアメリータとヨーロッパに向かい、ジュネーヴ経由でイタリアに入り、ローマでの生活を始める。5月、ピアソラがミラノでアルバム『リベルタンゴ』を録音中に、アメリータはブエノスアイレスに帰ってしまったが、7月には戻ってくる。そして9月から10月に掛けてジェリー・マリガンとの『サミット』を録音、これにはアメリータも立ち会った。そして11月頃、ピアソラとアメリータはミラノで「マティルデへの小さな歌」(パブロ・ネルーダ作詞)と「みんなのビオレータ」(マリオ・トレーホ作詞)の2曲を録音するが、これがこのカップルにとって最後のスタジオ録音となった。11月下旬に2人はブエノスアイレスに戻り、12月3日にコリセオ劇場でこの時期唯一のコンサートを行う。前半では曲によってはロドルフォ・メデーロス、ダニエル・ビネリ、フアン・ホセ・モサリーニとのバンドネオン四重奏も組み込んだエレクトリックな編成で『リベルタンゴ』の世界を再現、後半は五重奏団(ピアノはダンテ・アミカレリ)という豪華な内容で、アメリータも両方の編成で数曲ずつ歌った。

1975年1月5日にブエノスアイレスを発ったピアソラとアメリータは、リオデジャネイロ経由でローマに戻る。その後ザールブリュッケンに向かい(アメリータが先に行き、作業を進めていたという話もある)、ついに『若き民衆』を仕上げることになった。この時にはまず、1971年12月に録音されていた音源に、朗読とコーラスがオーヴァーダビングされている。ドイツの俳優、チャールズ・ウィルツ(1926-2012)が朗読したドイツ語のテキストは、スペイン語によるフェレールのそれを忠実に翻訳したものだった。そして完成された音源に合わせて、スタジオでの演奏シーンが収録された。つまり口パクや当て振りというわけである。

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画面に映っているのはピアソラ(バンドネオン)、アメリータ(歌)、ウィルツ(朗読)と15人編成の楽団(ヴァイオリン×5、ヴィオラ×2、チェロ×2、コントラバス、ギター、ピアノ、ドラムス、パーカッション×2)のみ。録音は60人編成のオーケストラで行われたにもかかわらずだ。そしてコーラス隊はどこにもいない。マイクもないしギターにシールドも刺さっていない。音と動きも微妙にずれている。これはそういう作品なのだ。そして、1972年12月にブエノスアイレスで収録されたシーンもかなりの比率で使用されていて、ほぼ1曲丸々のケースもある。

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これはスタジオの全景。

こうして完成した約45分のプログラムは、実際にドイツではテレビでオンエアーされたとのことだが(日付等は不明)、アルゼンチンではついに観ることは叶わず、そればかりか最終的にどのような形になったのか、当事者たちにもわからないままだった。ピアソラやフェレール、アメリータに手渡されたのは、71年12月に録音された時点での、音の悪いカセット・コピーのみで、しかも全曲ではなく抜粋版だったのである(私が1995年か1997年にブエノスアイレスを訪れた際に、ピアソラの盟友だったチェロのホセ・ブラガートからもらったカセットも、そこからのダビングだった)。

1975年5月、ついに最終的にピアソラとアメリータは決別の時を迎えてしまった。ピアソラとアメリータ自身が残した唯一のヴァージョンである『若き民衆』は、こうして完全に幻と化してしまったのだ。

一方、番組には一切登場しなかったフェレールは、1976年の『Horacio Ferrer y sus amigos』(Philips 5325)で「Los hijos del Río」を、1977年の『Horacio Ferrer en el Teatro del Notariado - Recital de versos y cantares』(Orfeo SULP 90.611)で「Canción de los jóvenes amantes」をそれぞれ取り上げた。前者はフェレールの朗読とベト・キンテーロスとアルフレド・サディの歌、後者はティト・サディの歌で収録されている(伴奏はギター)。

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2000年2月19日にNHK-BS2でオンエアーされた「世界・わが心の旅 アルゼンチン 自由なるタンゴへの道」は、アコーディオン奏者のcobaがブエノスアイレスを訪れ、ピアソラの足跡を辿るという内容だったが、そこで彼がフェレールの自宅を訪れ、『若き民衆』のカセットに聴き入るというシーンがあった。その場面でフェレールの朗読もちらっと聞こえて来たので驚いたのだが、改めて確認すると、あれはその場で彼自身が直接口にしていただけだった。カセットそのものは、まさに先の抜粋版そのものだったようだ。

ところが、恐らくその収録の時点で、フェレールは改訂版の『若き民衆』を舞台に乗せるべく、準備をしていたはずなのだ。2000年6月13日、エルサレム国際フェスティヴァルの一環として、同地のヘンリー・クラウン・シンフォニー・ホールで『若き民衆』は初演された。アルゼンチンからイスラエルに移住したエドゥアルド・アブラムソンのバンドネオン、スサーナ・リナルディの歌、オラシオ・フェレールの朗読、ルイス・ゴレリック指揮エルサレム交響楽団、ニュー・イスラエル・ヴォーカル・アンサンブルというラインナップだった。その後リナルディとフェレール以外はキャストを替えて、2001年にはアルゼンチンのコルドバ市にあるサン・マルティン劇場で、2003年にはラ・プラタのアルヘンティーノ劇場で上演。2005年2月にはリナルディとフェレール、オーケストラ指揮フアン・カルロス・クアチという布陣でレコーディングも行われた。ところがPichuco Recordsからのリリースは2011年までずれ込み、しかもほとんど流通せずに終わっている。雑誌「ラティーナ」では2013年2月号で西村秀人氏が「まもなく日本に入ってくるのではないかと思うが」と書かれているが、結局入荷はしなかったと思う。ただし音だけなら、Spotifyで聴くことはできる。

これら2000年以降の上演版では、フェレールによるテキストの改変、タイトルの変更、コーラスや歌詞の付加などが行われている。もちろん書いた本人が書き直すことは誰も否定できないだろうが、相方のピアソラは亡くなり、ドイツ放映版のオリジナルにはほとんど誰もアクセスできない状態なのだから、まずはオリジナルの忠実な再現を目指すべきではなかったか。

実はウルグアイ出身のピアニストで指揮者のパブロ・シンヘルが中心となって2002年3月にニューヨークで演奏されたヴァージョンは、ピアソラの71年当時のオリジナルの譜面に基づいたものだった。シンヘルといえば、2008年2月29日に東京オペラシティ コンサートホール:タケミツ メモリアルで行われた日本初演を思い出す方も多いだろう。小松亮太(バンドネオン)、カティエ・ビケイラ(歌)、齊藤一郎指揮による特別編成オーケストラ/合唱によるこの公演では朗読を担当したシンヘルは、ここでもオリジナルの形でやろうとしたが、版権を持つワーナー・チャペルが許可せず、フェレールらによる改変版の使用を強要されたという事情があったという。ただ、当日の録音を聴き直すと、オリジナルの雰囲気を再現することには成功しているように思える。

こうした中、アルゼンチンのコアなピアソラ研究家たちは、オリジナル版の入手に尽力する。チャンネル2は現存しないが、そこを吸収した企業にコンタクトを取り、2010年の終りには映像の入手を実現していた。それが巡り巡ってようやく私の手元にも届いたというわけである。

ドイツ放映版では、各曲のタイトル表記もドイツ語である。ドイツ語とスペイン語(と日本語訳)を併記する形で紹介しておこう(あらすじのみドイツ語は省略)。

El Pueblo Joven -Das junge Volk-
ORATORIO POPULAR von Astor Piazzolla

Erster Teil: DIE ERINNERUNGEN
1a Parte: LAS MEMORIAS
第1部:さまざまな記憶
Relata en una Overtura y cinco Memorias
la vida del pueblo que habita las orillas del Río de La Plata.
序曲と5つの記憶から、ラプラタ川の縁に住む民衆の人生が語られる

1. OUVERTÜRE: DES FLUSSES SO GROSS WIE DAS MEER
OVERTURA: DEL RÍO GRANDE COMO UN MAR
序曲:海のような大河から

2. Erste Erinnerung: BRUDER, UND SO BEGINNT DIESE GESCHICHTE
MEMORIA 1: HERMANO ESTA HISTORIA SE ANUNCIA
記憶1:兄弟よ、この物語は告げられた

3. Zweite Erinnerung: DIE KINDER DES FLUSSES
MEMORIA 2: LOS HIJOS DEL RÍO
記憶2:河の子どもたち

4. Dritte Erinnerung: VON DEN KLEINEN ENTTÄUSCHUNGEN
MEMORIA 3: DE LAS TRAICIONES PEQUEÑAS
記憶3:小さな裏切りから

5. Vierte Erinnerung: UND DAS WASSER WURDE VON TRAURIGKEIT ERFÜLLT
MEMORIA 4: Y EL AGUA SE PUSO TRISTE
記憶4:そして水は悲しみに

6. Fünfte Erinnerung: DIE FISCHER, DIE AUS DEM UNBEKANNTEN KAMEN
MEMORIA 5: LOS PESCADORES DEL MISTERIO
記憶5:神秘の漁師たち

Zweiter Teil: DIE BOTSCHAFTEN
2a Parte: LOS MENSAJES
第2部:さまざまなメッセージ
Cuenta luego en un Intermedio y siete Mensajes
la vida de un nuevo pueblo desconocido que habita en una gruta debajo del mismo río.
幕間と7つのメッセージから、同じ河の下の洞窟に住む見慣れない新しい民衆の人生が語られる

1. DAS ZWISCHENSPIEL DER GROSSEN, LEEREN MUSCHEL
INTERMEDIO: DEL GRAN CARACOL VACÍO
幕間:空っぽで巨大な貝殻から

2. Erste Botschaft: DAS JUNGE VOLK
MENSAJE 1: EL PUEBLO JOVEN
メッセージ1:若き民衆

3. Zweite Botschaft: ICH GLAUBE, MEINE JUNGE GELIEBTE
MENSAJE 2: CREO AMADA MÍA
メッセージ2:わが恋人を信ずる

4. Dritte Botschaft: DIE JUNGEN LIEBENDEN
MENSAJE 3: LOS JÓVENES AMANTES
メッセージ3:若き恋人たち

5. Vierte Botschaft: DAS HALLELUJA
MENSAJE 4: LOS ALELUYAS
メッセージ4:ハレルヤ

6. Fünfte Botschaft: DAS FEUERSEGEL
MENSAJE 5: LA VELA DE FUEGO
メッセージ5:炎の帆船

7a. Sechste Botschaft: DIE MITTEILUNG
MENSAJE 6: LOS COMUNICADOS
メッセージ6:公式声明

7b. Siebte Botschaft: AN EINEM FRÜHLINGSMORGEN SÜDLICH DES ÄQUATORS
MENSAJE 7: UNA MAÑANA DE OCTUBRE
メッセージ7:ある十月の朝

「公式声明」と「ある十月の朝」は切れ目なく繋がっている。ピアソラらが受け取った音の悪い抜粋版カセットに収録されていたのは「海のような大河から」「河の子どもたち」「そして水は悲しみに」「神秘の漁師たち」「若き民衆」「若き恋人たち」「ハレルヤ」「公式声明/ある十月の朝」である。

テレビ放映版のうち「若き恋人たち」のみ、YouTubeに動画がアップされているのでご覧ください。


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