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November 05, 2014

ミュージカル『ジャージー・ボーイズ』来日決定!/フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(72) 「Sherry」誕生を見直す

ブロードウェイミュージカル『ジャージー・ボーイズ』の来日が、遂に決まった。以前から噂はあったが、去る11月1日にジャージー・ボーイズ日本公式アカウント @jb2015musical から発表されたのだ。2015年6月に東京・渋谷の東急シアターオーブにて上演、チケット発売は2015年2月頃の予定とのこと。映画の盛り上がりを経て、いよいよ舞台が観れるのだから、これは実に嬉しい。

一方で、これも来年、2015年のフランキー・ヴァリのUKツアーも発表された。6月26日のマンチェスターから、7月6日のグラスゴウまで6公演である。そこで気になるのが、フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ悲願の再来日だが、今年1月の初来日公演と、今回のミュージカル『ジャージー・ボーイズ』は、いずれも招聘元がキョードー東京である。ということは、再来日も充分に期待できるのではないか。これは絶対に実現して欲しい。

ところで、映画『ジャージー・ボーイズ』の話題でもちきりだったこの一か月、私の方はブログの更新がストップしていたが、別にシングル紹介が「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」まで到達したから気を抜いたとか、休んでいたとかでは、決してない。実はみなさまによりよい情報を提供できるよう、いろいろと作業に取り組んでいたのだが、まだ具体的なことは何もお知らせできる段階ではない。ブログの方も、どのように進めていくか検討中である。

ただ、これまでに書いてきたブログの内容を精査する中で、とりわけ重要な「Sherry」についての記述(特に第26回)がかなりいい加減で、誤った情報も含まれていることがわかった。これだけは早急に正しておく必要があったので、今回は「Sherry」誕生までを、改めて紹介し直させていただきたい。

★★★★★
Vj456a

A) SHERRY (B. Gaudio) 62-2569 #1
B) I'VE CRIED BEFORE (B. Gaudio) 62-2570
THE 4 SEASONS
Produced by: Bob Crewe
Arranged and Conducted by: Sid Bass
Vee-Jay VJ #456 [July 1962]

ザ・フォー・シーズンズとしての一応第1弾だった「Bermuda」(1961年12月末のリリース)が失敗に終わった後も、ボブ・クルーとボブ・ゴーディオは試行錯誤を続けながら、グループがブレイクするための素材を常に探し続けていた。どれもなかなか決め手に欠けていたのだが、クルーがある夜、ニュージャージーのポイント・プリーザントのナイトクラブでフランキーのパフォーマンスを目の当たりにした瞬間、いきなり突破口が開けたのだった。クルーは回想する。

「ボーイズは30分のステージをこなしていた。それが終わって客席がはけた後、ちょっとしたジャズのジャム・セッションが始まったの。フランキーはナプキンを手に取り、バブーシュカを頭に巻くと、2本のマラカスを胸に当てて、ローズ・マーフィー風に歌い始めたのよ、『♪I can't give you anything but love, Chichi...』って。この声はいったい何?って思ったわ。それでボビーに言ったの、『今すぐ家に帰って曲を書くのよ。テーマは何だっていいけどただ一つ、高いファルセットから低いバリトンへ、そしてまた低域から高域まで戻るような、オクターヴの跳躍だけはちゃんと組み込んでね。驚くべきものになるわ』って。そして3日後、彼が書いてきたのが“Sherry”だった」

ゴーディオは、出来上がった曲を電話越しに聞かせたときの、クルーの反応をよく覚えている。クルーはこう言ったのだった。

「ヘマさえしなきゃ、1位を獲れるわよ!」

もう少し詳しく見ていこう。まずは舞台版『ジャージー・ボーイズ』のスクリプト本に掲載されたボブ・ゴーディオの発言から。

「私が“Sherry”を書いたのは、ボブ・クルーの下で3~4曲録音するためのリハーサルが何日も続いた後だった。私は15分か20分、何もしないでいた。そしてピアノに向かったら、まさに文字通りに、パッと浮かんだんだ。私はちょうど、ニューアークにあるフランキーの家でのリハーサルのためにゴールデン・ステイト・パークウェイを下っている時に思い出したばかげた歌詞を、念のために書き留めておいたところだった。まるでB級映画のストーリーみたいだけど、これは実際に起きた話なんだよ。シェリーとは誰かって? まさに舞台で語られるように、彼女は客観的相関物だ。私の知っていたあらゆる女性、デートしたことのある誰もがあてはまる」

続いてボブ・クルーの言葉。

「ボブは電話越しに、“Sherry”のほんのちょっとの断片を聞かせてくれた。ピアノのイントロと彼の歌だけをね。私はすっかり興奮して、『通して聴きたいから、すぐに来て』と言ったのよ。舞台では、私があたかも年中羽振りがよかったみたいに描かれているけど、次に起きたことは台本にはないわね。本当は私、レコードを作るかどうかの選択を迫られたの。家賃を払うのか、それともアレグロ・スタジオに行って“Sherry”を録音するのかって。結局その月の家賃は、私の両親が払ってくれることになったのよ」

ここで、あれっ?と思う方もいるだろう。そもそもフォー・ラヴァーズもしくはシーズンズは、これまでにもクルーの下で何曲も録音してきたではないか。なぜこの曲に限ってお金が必要だったのか。実はクルーは別のインタヴュー(大本のソースは同じかも知れない)で、「家賃を払うのか、スタジオに戻って、あと一曲録音するのか」の選択を迫られたとも言っている。つまり本来予定されていた曲の録音で予算は使い果たしてしまったが、無理をしても追加で録音するだけの価値が「Sherry」にはあると信じていた、ということだったらしい。

一方『ジャージー・ボーイズ』では、ゴーディオの書いた4曲を録音しようというところで、豪華なマンションに住んでいて見た目は羽振りのいいクルーが「文無しなの」と言い、トミー・デヴィートが高利貸しのノーマン・ワックスマンから大金を借りる。ところが舞台版と映画版とではその後が違っていて、舞台版ではクルーの父が資金を用立てしてくれたため、クルーはトミーから金を受け取らない。一方映画ではクルーが金を受け取り、これが実際にレコーディング費用として使われる。いずれにしてもこれはストーリー上の創作ということになる。詳しくはElainesさんのブログの記事「ステージからスクリーンへ(3)」を参照されたい。

この曲のタイトルが「Sherry」に決まるまでに「Terry」「Jackie」「Perri」といった具合に二転三転したと、これまで語られてきた。しかしボブ・ゴーディオは、これを否定している。

「『ロックの殿堂』の記録保管所のどこかに、“Sherry”ではなく“Cheri”と書かれたオリジナルの手書きの歌詞があると聞かされた。でも私には、実際にこの目で確かめるまで信じられなかった。だからそれだけは間違いないが、“Perry”だとかほかの名前で呼ばれたことは決してない。昔、この曲のマスターを買いたがっていた男がいた。金持ちの不動産屋で、レコード・ビジネスに参入しようとしていたんだ。その彼の娘の名前が、確かペリーだったと思う。私が“Sherry”から“Perry”にタイトルを変えるとでも? 作り話はいくつもあるが、真実は一つしかない」

「Sherry」が録音されたのは、1962年4月と思われる。クルーの発言にあるアレグロ・サウンド・スタジオは、ブリル・ビルディング(ブロードウェイ1619番地)の筋向いにある、アルドン・ミュージックなどの入ったビル(ブロードウェイ1650番地)の中にあった。ただしこの曲が録音されたのはここではなく、ニューヨークのミラサウンド・スタジオだとする資料もある。

アレンジはシド・バースが担当し、ラテンの要素を盛り込んだシンプルで印象的なリズムに仕上げた。一方ヴォーカル・アレンジはニック・マーシで、フランキーの強烈なファルセットに対して縦横無尽のコーラスが絡む、驚異的なトラックが完成した。

「♪She-e-rry~」とフランキー・ヴァリがファルセットで歌うイントロ、ヴァースおよびコーダ部分には、1950年代後半にバディー・ホリーが多用していた、ヴォーカルを重ね録りしたダブルトラックという録音技法が使われている。ニックの「♪Why don't you come out」、コーラスの「♪come out」と掛け合うコーラス(サビ)部分はシングルトラックである。

ヒットを確信したクルーは、レコード業界のコンヴェンションが行われていたマイアミに飛び、ヴィー・ジェイ・レコーズと交渉してマスターを売却することに成功した。1953年にインディアナ州ゲーリーで設立されたヴィー・ジェイは、1954年からシカゴを拠点に、ブルーズやR&B、ゴスペルなどの作品をリリースしていた。1960年代に入り、ツイスト・ブームにも呼応していたが、それまで白人アーティストを手掛けたことはなかった。

7月後半、「Sherry」はそのヴィー・ジェイからリリースされた。前年暮れにゴーンからリリースされた「Bermuda」が売れなかったことで、一度はゴミ箱行きになりそうだった「ザ・フォー・シーズンズ」の名称が――この間に(ビリー・ディクスン&)ザ・トピックス名義でシングルを2枚リリースしている――、無事に復活していた(「Bermuda」では“The Four Seasons”だったが、「Sherry」から“The 4 Seasons”と表記された)。

リリース当初はほとんど騒がれることもなかったが、テレビでのプロモーションの必要性を熟知していたクルーは、古くからの友人であるディック・クラークに頼み込んで、彼が司会するテレビ番組『アメリカン・バンドスタンド』でシングル盤を掛けてもらった。その反応がよかったため、二週間後の8月15日、遂に本人たちが画面に登場して「Sherry」を披露した。声だけ聴いて黒人だと思い込んでいた人も多かったようで、動く彼らの姿を初めて『アメリカン・バンドスタンド』で観た人たちはさぞ驚いただろう。ゴーディオは語る。

「ディック・クラークが私たちを紹介してくれたわけだけれども、番組が始まって正体がわかるまでの1時間ほど、私たちはホワイトR&Bのグループだと思われていた。私たちのレコードを回し始めたのは、たいていがR&Bのラジオ局だった。当時ヴィー・ジェイ・レコーズの副社長だったイワート・アブナーにとって、当初R&Bのレコードとして扱われたことはショックだった。だいたいにおいて、ジョッコ・ヘンダースンのような黒人向けラジオ局のDJたちから始まって、徐々にジャンルを超えて、よりクリーンなテレビの世界に入って行ったんだよ」

数字の信憑性はともかく、番組出演の翌日には18万枚の注文が殺到したという。「Sherry」は1962年8月25日付ビルボード・ホット100で65位に初登場、以降22位、11位と急上昇し、登場4週目の9月15日付けで堂々第1位を獲得。トップの座を5週間もキープした。そしてR&Bチャートでも第1位を獲得している。

(続く)

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Comments

「君の瞳に…」以来いつも覗いてましたが
今日の記事で安心しました(笑)
ジャージー・ボーイズミュージカル公演
決まりましたか
絶対行きますよ
チッケット発売の情報決まりましたら
お知らせください (携帯メールに)
なにせ地方は情報が遅いものですから・・・

Posted by: とぜんね | November 05, 2014 at 02:14 AM

とぜんねさん、こんばんは。
いつもコメントありがとうございます。

来日、本当に楽しみですね。
また情報、遅れずにお伝えしたいと思いますので、よろしくお願いします。

Posted by: さいとう(鳩サブロー) | November 07, 2014 at 01:22 AM

ジャージーボーイズの切符発売になりましたね。
私は、チケットぴあ、から7月4日(土曜)の夜の部、
S席、1階6列目の席を2枚購入しました。
切符は13000円×2+サービス料1049円=
合計27049円でした。まだ各公演とも10列より前の席が
残ってますよ。

Posted by: 59歳勤務医です | January 28, 2015 at 02:06 AM

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