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September 28, 2014

フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(71) 「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」の真実 (全シングル紹介 その25)

(9月28日7:55追記:一部文章を手直しした)

(9月28日19:06追記:文中に引用した『ジャージー・ボーイズ』からの台詞の引用箇所について、映画を観て確認できたことがあり、訂正・補足を加えた)

『ジャージー・ボーイズ』公開! 

日付は変わってしまったが、映画は無事に9月27日公開となった。気になるのは地域によって上映館の数にバラツキがあり過ぎることで、北海道や東北、中国、四国など何故このように冷遇されているのか? 今後遅れてでも上映されればいいのだが。

首都圏でも、新宿ピカデリーが満員で入れなかったツイートがあったと思えば、ガラガラという声もあり、なかなかうまくはいかないようである。なにはともあれ、口コミで観客数が増えることを願うばかりである。私は、本日(27日)は所用で動けなかったため、明日(28日)家族で行く予定。一応座席は押さえておいた。

それでは、ザ・フォー・シーズンズ/ザ・ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの全オリジナル・アナログ・シングル紹介、その25に移ろう。もちろん映画でも大々的に取り上げられている稀代の名曲の登場である。映画での描かれ方には、「観る前に知っておいてほしいこと」の回で触れた、時系列を入れ換えることによるマジックが仕掛けられていることを念頭に置いた上で、映画を既にご覧になった方もこれからの方も、お読み頂きたい。これがこの曲にまつわる「真実」(一部推定含む)なので。

★★[FV-05]★★
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A) CAN'T TAKE MY EYES OFF YOU (B. Crewe - B. Gaudio) 1-40375 #2
B) THE TROUBLE WITH ME (B. Crewe - B. Gaudio) 1-40376
FRANKIE VALLI
A Bob Crewe Production
Arranged by Artie Schroeck & Bob Gaudio (Side A)
Arranged by Charles Calello (Side B)
Philips 40446 [4/67]
45cat

とりわけ日本では、1982年から翌年にかけてボーイズ・タウン・ギャングがヒットさせた曲(オリコンでの最高は22位)として知られている「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」。彼らはサンフランシスコのディスコ・グループだが、このカヴァー・ヴァージョンはイギリス(最高4位)やオランダ(1位)などヨーロッパを中心にヒットした。本国アメリカでヒットしなかったのは、やはり大ヒットしたフランキー・ヴァリのオリジナルのイメージが強いからだろうか。

映画『ジャージー・ボーイズ』に注目が集まるにつれ、「ボーイズ・タウン・ギャングがオリジナルだと思っていたけど、フォー・シーズンズの曲だったのか」といったような内容の発言がネット上で目に付くようになった。いや、それ、違うんですけど…。

しかし、そう思わせてしまう要因は意外と近くにあった。『ジャージー・ボーイズ』のフライヤー裏面の解説は、次のように始まっている。

ザ・ビートルズ以前に世界を席巻し、音楽界の不滅の伝説を打ち立てた4人組――ザ・フォー・シーズンズ。代表曲「シェリー」「君の瞳に恋してる」は半世紀を経てなお世界中で愛され続ける名曲中の名曲だ。

こんな書き方をされては、よく知らない人は「君の瞳に恋してる」もこの4人組のヒット曲だと勘違いしてしまうではないか。これまでにも何度か触れてきたが、この曲について改めて定義すると――フォー・シーズンズとしての活動と平行してスタートした、リード・ヴォーカリスト:フランキー・ヴァリのソロ・プロジェクト(制作陣は共通)から生まれた大傑作、ということになる。

第4回「ボブ・クルー死去」の回でも触れたように、2012年2月にBS-TBSで放映された『SONG TO SOUL~永遠の1曲』#59は、番組全体がこの曲の特集となっていて、曲の成立についてフランキー・ヴァリ(歌)、ボブ・ゴーディオ(作曲・編曲)、アーティー・シュロック(編曲)の3人が詳しく説明してくれている(この曲には関与していないチャールズ・カレロも番組に登場し、フォー・シーズンズ全般のレコード作りの方法論について解説している)。長くなるが、字幕を引用しながら紹介しておく(句読点は筆者による)。

ゴーディオ:フランキーがファルセットを歌わないなんて、誰が想像しただろう。我々はよく話し合った。ソロはフォー・シーズンズと違うものにすべきだと。彼はもっと色々な歌を歌える。その資質を生かしたのがあの曲だ。あの曲は3つの別々の曲から出来ている。技法的には、まず前半部がある。ちょっとポップでジャズ的な、面白いコードの前半部だ。それからホーンの間奏。あれは元々私が幼児番組用に作ったメロディだ。サビはキャッチーでポップな、一緒に歌えるものだ。3つのメロディが頭の中を漂っていた。それがひとつになった時にひらめいたんだよ。しかしソフトな前半部とはパワフルなサビがつながらない。どうにもできずに困った。仕方なくホーンの間奏でつないだ。すると、かつてないような曲になった。

シュロック:「君の瞳に恋してる」はジャズ志向の曲で、普通のロックンロールとは一味違う。私はずっとジャズをやっていたので選ばれたんだ。スタン・ケントン楽団のような音を作ってくれと言われた。最もビッグバンド的な部分は、あの「パーラ パーラ」というサビへの導入部だ。サビの歌を裏で支えるのがスタン・ケントン風のトロンボーン。あの「ダ パーパ パン」というトロンボーンがこの曲の鍵だ。これがケントン楽団風の雰囲気を生む、彼が使っていた手法なんだ。大編成のバンドを使った。別々に録音するのではなく、全てを一度に演奏した。ビッグバンドの熱い生演奏を、そのままレコードにしたかったからだ。全員で一斉に音を出したから、あのパワーとドライブ感が生まれたんだ。

この二人の言葉があれば、あとは何も付け加えることはない。そして、番組への登場は叶わなかったが、普遍的でスケールの大きなラヴ・ソングとして成立する上で、作詞のボブ・クルー(プロデュースも)が果たした役割ももちろん大きい。

そこで問題になるのが、この曲が果たしていつ録音されたのか、という疑問である。まずは番組での発言を見てみよう。

ヴァリ:レコーディングを終えた後、1~2年の間お蔵入りだった。リリースしてくれないんだ。私をソロにしたくなかったのだろう。

ゴーディオ:レコーディングの後消えてしまった。「いい曲だけどね」で終わりだ。しかし、プロデューサーのボブ・クルーがパーティーを開いた時のことだ。彼は自分の手がけた曲をみんなに聴かせた。この曲のラフ・ミックスをね。するとその場にいたDJたちが「この曲は何だ?」と一斉に目を輝かせた。それを見ればわかるよ。やはりあの曲はいい曲なんだとね。そこで僕たちは動き始めた。あの曲を無理矢理リリースさせた。レコード会社は渋々承知した。

ヴァリ:我々は強引にリリースさせただけでなく、個人的にスタッフを雇ってあのレコードのPRを行った。レコード会社が力を入れてくれないからセルフ・プロモーションをやったんだ。流行に敏感な街の全てのラジオ局にレコードを持って行き、PRしてもらった。それでようやくあのレコードはブレイクしたんだよ。

レコード会社が、ヴァリのソロ・レコードのリリースに消極的だったことは、第54回でも触れたとおりだが、当初はフィリップスではなく傍系のスマッシュからのリリースだったり、まともにプロモートしてくれないことはあっても、「リリースしてくれない」わけではなかった。しかも、これはソロ・シングルとして既に5枚目なのだ。

確かに1枚目の「The Sun Ain't Gonna Shine (Anymore)(太陽はもう輝かない)/This Is Goodbye」の時は、1965年6月の録音から9月の発売までにいささか時間が掛かっている。それでもそれ以降は、録音からリリースまでの流れはスムーズになっていた。1966年10月リリースの「The Proud One」にカップリングされた「Ivy」は3月か4月には録音されていたようだが、これは組み合わせのタイミングを計っていただけだろう。

「Can't Take My Eyes Off You」は、1967年4月7日にマスター登録され、同月にリリースされた。UK鑑賞団体セッショングラフィーは同年2月の録音としているが(カップリングの「The Trouble With Me」については後述)、ヴァリは「レコーディングを終えた後、1~2年の間お蔵入りだった」と言っているわけだから、さすがにこれはありえないだろう。1年と2年でも、違いは大きい。果たしてレコーディングは1965年だったのか、それとも1966年だったのか。時期を見極める上で、この曲のアレンジをアーティー・シュロックが手掛けている点が大きなヒントになりそうである。

フォー・シーズンズ/ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの録音におけるアレンジは、1962年10月にシド・バースから引き継いで以降1965年11月まで、チャールズ・カレロがほとんどすべてを手掛けてきた。1964年にアルバム『RAG DOLL』のうち6曲、『THE 4 SEASONS ENTERTAIN YOU』のうち2曲をデニー・ランデルが担当したのが、唯一の例外と言える。

カレロが1966年1月からコロンビアと専属契約を結び、一時期離れることになったために、新たにハーブ・バーンスタインやアーティー・シュロックが起用された、というのがこれまでにも紹介してきた経緯である。だからこの曲に関してシュロックが「ずっとジャズをやっていたので選ばれた」のは、やはりカレロが離れた後、つまり1966年に入ってから、と考えるのが自然なように思える。

フォー・シーズンズ芸術の頂点と言える「I've Got You Under My Skin(君はしっかり僕のもの)」(1966年7月録音)のアレンジを手掛けたのがシュロックであることは、第68回でご紹介した。あの記事を書いた際にカレロの重要な証言を見落としていたのでここで補足しておくと、あのコール・ポーター作品の秀逸なアレンジのベーシックな部分を組み立てたのは、シュロックではなくゴーディオである。印象的な♪Never win...のハーモニーを考えたのも彼で、それらをシュロックが完璧なものにまとめあげた、ということである。ただしアレンジャーとしてクレジットされているのはシュロック一人だった。

「Can't Take My Eyes Off You」ではアレンジはシュロックとゴーディオの連名となっている。具体的な記述はないが、リズム・アレンジがゴーディオ、ホーン・アレンジがシュロックと考えて間違いはないだろう。本来は「I've Got You Under My Skin」でもそのように記載されるべきだったのではないだろうか。

それはともかく、このような経緯などから考え合わせると、「Can't Take My Eyes Off You」の録音は、「I've Got You Under My Skin」より前、1966年の春頃だったと考えると、つじつまが合うのではないか。それだと発売よりだいたい1年前ということにもなるし。

最終的に1967年4月にリリースされた「Can't Take My Eyes Off You」は、5月20日付ビルボード・ホット100で74位に初登場、以後53位→33位→17位→11位→8位→7位→3位→3位と順位を上げ、10週目となる7月22日付で2位に到達した。もちろんソロとして初の大ヒットである。ちなみに7月15日付と22日付は、フォー・シーズンズの次のシングル「C'mon Marianne」(5月22日発売)が最高位である9位をマークした週でもあった。

『ジャージー・ボーイズ』には、レーベルの重役に「Can't Take My Eyes Off You」のリリースを要求するゴーディオに対する、重役のこんな台詞がある。

「‘C'mon Marianne’をどうするかはわかるが、こっちの方は――ポップというにはハード過ぎるし、ロックというにはソフト過ぎる」

(9/28追記:この台詞は、Melcher Media/Broadway Books刊『Jersey Boys - The Story Of Frankie Valli & The Four Seasons』に掲載されたミュージカル版の台本の該当部分を私が訳したものだが、今日改めて映画を観たところ、「C'mon Marianne」うんぬんの前半部分はカットされていた。字幕では「ソフト過ぎる」の部分が確か「ヤワ」となっていた。また、Presidentを社長〔字幕は確かこちら〕ではなく重役と訳したのは、レコード会社〔この場合Mercury Record Productions, Inc.〕ではなく、その中の一部門であるレーベル〔Philips Records〕の長なので、社長とは呼ばないのではないか、という理由による)

もちろん「C'mon Marianne」もとびきりのナンバーでヒット・ポテンシャルは高かったのだが、従来のフォー・シーズンズの延長線上にある曲であることは確か。それに対して「Can't Take My Eyes Off You」は当時のフィリップスの首脳の理解の範疇を超えていたということだ。

だからこそ、渋々リリースを承諾しただけで動かないフィリップスに業を煮やしたヴァリたちはセルフ・プロモーションに乗り出し、見事に大ヒットへと結びつけたわけだ。そして様々なアーティストに取り上げられる不朽の名曲となった。400種にも及ぶというカヴァー・ヴァージョンについては、また機会があれば紹介する、かも知れない。

件の番組は、こんな言葉で締めくくられていた。

ヴァリ:ボブ・ゴーディオとボブ・クルーがあの曲を書いてくれた時のことを覚えている。少し書いては電話をして、こんな感じだよと教えてくれた。素晴らしい時間だった。「君の瞳に恋してる」は私のために生まれた曲だから、ずっと歌い続けるよ。

カップリングの「The Trouble With Me」もクルー=ゴーディオ作品だが、これはカレロのアレンジなので、1965年の6月もしくは11月頃に録音されていたものと思われる。ちょっとバカラックっぽい雰囲気もある8分の6拍子のバラードで、クラシカルな大編成の混声合唱も入っている。

ここで気になることがある。それは、このレコードのピクチャー・スリーヴのことだ。フィリップスからリリースされた彼らのシングルにはピクチャー・スリーヴが付いているものが多いが、裏面のデザインはLPレコードの広告か白無地のものがほとんどで、最初のピクチャー・スリーヴ付だった「Ronnie/Born To Wander」(1964年3月)のみ表・裏とも同一デザインとなっていた。

それが、この「Can't Take My Eyes Off You」では、裏面にライナー・ノーツが掲載されているのである。

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「フランキー・ヴァリはフォー・シーズンズのリード・シンガーとして知られているが、ソロ・シンガーとしても高い能力を持ち…」という内容である。これは異例のことであり、売る気のなかった商品に対してレーベルのすることとは思えない。

さらにもう一つ、中古市場に出てくるフィリップスのオリジナル・シングルのうち、この盤のみ、ピクチャー・スリーヴが付属している確立が極めて低いのである。私は数ヶ月前に運よく、比較的きれいな状態のものを7.99$で入手できたが、たまにオークション・サイトに出ることはあっても、結構な値が付いてしまう。

このことを考えると、もしかするとヴァリたちが雇ったプロモーション・チームがフィリップスに(数量限定で?)作らせたものなのかも知れない。

そして、このシングルには黒いレーベルのファースト・プレスと、薄青色のレーベルのセカンド・プレスがあり、出回っている数は圧倒的に後者が多い。

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そして、私の持っている黒い盤(送り溝のマトリックスが機械打ちでA面が40375 1、B面が40376 2)と薄青色の盤(2枚あるがいずれもマトリクスは手彫りでA面が1-40375-2、B面が1-40376-2)とでは、音が違う!

薄青盤の方は、聴き慣れた音だが、それに比べて黒盤は低域が太く、より迫力のある音になっているのだ(バランスが整っているのは、薄青盤の方だろう)。そして何ということか、両面とも薄青盤と比べてフェイド・アウトがほんの僅かに早く、音が消えた瞬間にカタッというノイズのような音がかすかに聞こえる(よほどヴォリュームを上げるか、スピーカーに耳を寄せなければわからない程度)。一瞬リプロ盤を掴まされたかと思ったが、どうみても本物。そして「The Trouble With Me」は黒盤のみ、出だしのピアノの音が僅かに切れている。

黒盤は極初期に作られたのみで、すぐに音を補正した薄青盤に差し替えられた、ということなのだろうか。黒盤をお持ちの方がいらしたら、チェックしてみて頂きたい。

2曲とも、薄青盤の内容で1967年6月発売の『FRANKIE VALLI - SOLO』(Philips PHM 200-247[mono]/PHS 600-247[stereo])に収録されている。モノラル盤も作られた最後のアルバムだが、CD化に際しステレオ盤の左右チャンネルが逆になってしまった。様々なベスト盤に収められた各収録曲も同様で、本来は「Can't Take My Eyes Off You」のイントロのホーン・セクションは右、ドラムスは左なのだ。そしてアルバム全体に音質も落ちているが、とりわけ「The Trouble With Me」のマスターは保存状態が悪かったか、エース盤CDではイントロのピアノの音が揺れてしまっている。逆になっていた左右チャンネルを元に戻した上でリマスターされた日本盤CD『君の瞳に恋してる』(Rhino WPCR-27825)でも、さすがに音揺れは修正できていない。

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(続く)

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September 24, 2014

フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(70) 時代を超える「Beggin'(悲しきプロポーズ)」(全シングル紹介 その24)

(9月25日19:47追記:文中で触れたタイムボックスのカヴァーの音源について、早速情報を頂いたので修正した。また、Pilooskiエディットについても事実誤認があり、訂正した)

これまでに紹介してきた、ザ・フォー・シーズンズ/ザ・ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの1966年までのオリジナル・アナログ・シングルは38枚(最終的には90枚ほどになる予定)。内訳はフォー・シーズンズが31枚、フランキー・ヴァリのソロが4枚、ザ・ワンダー・フー?が3枚。どの回でどれを紹介したのか自分でも判らなくなってしまったので、インデックスを作ってみた。通し番号の4S-はフォー・シーズンズ、FV-はフランキー・ヴァリ、WW-はワンダー・フーである。

第42回(その1)
[4S-01] Bermuda / Spanish Lace
[4S-02] Sherry / I've Cried Before
第43回(その2)
[4S-03] Big Girls Don't Cry / Connie-O
第44回(その3)
[4S-04] Santa Claus Is Coming To Town / Christmas Tears
[4S-05] Walk Like A Man / Lucky Ladybug
[4S-06] Ain't That A Shame! / Soon (I'll Be Home Again)
第45回(その4)
[4S-07] Candy Girl / Marlena
[4S-08] New Mexican Rose / That's The Only Way
第46回(その5)
[4S-09] Peanuts / Stay
第47回(その6)
[4S-10] Dawn (Go Away) / No Surfin' Today
第48回(その7)
[4S-11] Stay / Goodnight My Love
[4S-12] Ronnie / Born To Wander
第49回(その8)
[4S-13] Alone / Long Lonely Nights
第50回(その9)
[4S-14] Rag Doll / Silence Is Golden
第51回(その10)
[4S-15] Save It For Me / Funny Face
[4S-16] Sincerely / One Song
[4S-17] Apple Of My Eye / Happy Happy Birthday Baby
第52回(その11)
[4S-18] Big Man In Town / Little Angel
[4S-19] I Saw Mommy Kissing Santa Claus / Christmas Tears
[4S-20] Bye Bye Baby (Baby, Goodbye) / Searching Wind
[4S-21] Never On Sunday / Connie O'
第53回(その12)
[4S-22] Toy Soldier / Betrayed
[4S-23] Since I Don't Have You / Tonight-Tonight
[4S-24] Girl Come Running / Cry Myself To Sleep
第54回(その13)
[FV-01] The Sun Ain't Gonna Shine (Anymore) / This Is Goodbye
第55回(その14)
[4S-25] Let's Hang On! / On Broadway Tonight
第61回(その15)
[WW-01] Don't Think Twice / Sassy
第62回(その16)
[4S-26] Little Boy (In Grown Up Clothes) / Silver Wings
第63回(その17)
[FV-02] (You're Gonna) Hurt Yourself / Night Hawk
[4S-27] Working My Way Back To You / Too Many Memories
第64回(その18)
[WW-02] Peanuts / My Sugar
[4S-28] Stay / My Mother's Eyes
第65回(その19)
[FV-03] You're Ready Now / Cry For Me
第66回(その20)
[4S-29] Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me) / Beggers Parade
第67回(その21)
[WW-03] On The Good Ship Lollipop / You're Nobody 'Til Somebody Loves You
第68回(その22)
[4S-30] I've Got You Under My Skin / Huggin' My Pillow
第69回(その23)
[FV-04] The Proud One / Ivy
[4S-31] Tell It To The Rain / Show Girl

それでは、記念すべき第70回にお届けする、全シングル紹介・その24に移る。

★★[4S-32]★★
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40433c

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A) BEGGIN' (B. Gaudio - P. Farina) PHW1-39810 #16
B) DODY (B. Crewe - B. Gaudio) PHW1-39811
THE 4 SEASONS Featuring The 'sound' of Frankie Valli
A Bob Crewe Production
Arranged & Conducted by Artie Schroeck (Side A)
Philips 40433 [8/2/67]
45cat

「Sherry」以来、フォー・シーズンズ作品の中心的ソングライターだったボブ・ゴーディオは、1965年6月の「Girl Come Running」を最後にシングルA面曲を書かなくなっていた。ただし、ちょうど同じ時期からフランキー・ヴァリのシングル曲を書き続けてきたことは、これまでにご紹介した通り。

そして1967年の幕開けと共に、久々にゴーディオの新曲がフォー・シーズンズのシングルA面を飾ることになった。共作者はペギー・ファリーナ第65回で触れたように、エンジェルズで「My Boyfriend's Back」を歌ったペギー・サンティグリアのペンネームである。

と、ここで訂正というか補足をしておかなければならない。不勉強で把握できていなかったのだが、その第65回で紹介したフランキー・ヴァリの「You're Ready Now/Cry For Me」および前回紹介の「The Proud One」でバッキング・ヴォーカルを担当したペギー・サンティグリア、バーナデット・キャロル、デニース・フェーリの3人は、そのままジェシカ・ジェームズ&ジ・アウトローズ(Jessica James And The Outlaws)の名前でシングルをリリースしていたのを見落としていたのである。

ペギーとフォー・シーズンズとの直接の交流は1964年にさかのぼる。ペギーは1964年8月にペギー・サンズ(Peggy Sans)名義で「Snow Man/Give Your Love」(Tollie T-9018)をリリースしているが、このプロデュースがゴーディオとヴァリで(A Gaudio-Valli Productionと表記)、アレンジがデニー・ランデルだった。ゴーディオとサンディ・リンザーが共作した「Snow Man」はもともとエンジェルズが録音するはずだったが、企画が頓挫してしまったために、ペギー単独で変名で出すことにしたわけである。

そして1965年11月に、ボブ・クルーのダイノヴォイスからリリースされたジェシカ・ジェームズ&ジ・アウトローズの「Give Her Up (Baby)」(DynoVoice 213)は、ゴーディオとファリーナの初の共作で、チャールズ・カレロがアレンジを手掛けた。プロデュースはなんとフォー・シーズンズである(A 4 Seasons Productionと表記)。このシングルは両面とも、次のコンピレーションに含まれていた。

Dynovoicestory

"BOB CREWE PRESENTS THE DYNOVOICE STORY - THE LABEL THAT HAD TO HAPPEN - 1965-1968" (Westside WESD 226)

B面の「Come Closer」はゴーディオ単独作だが、ゴーディオとヴァリがプロデュースしカレロがアレンジしたジャッキー・ヒルの1963年のシングル(タイトルは「Won't You Come Closer」)(Mar-Brit 301)のオケがそのまま流用されていた。やはりゴーディオとヴァリがプロデュースした(A面のみ)1964年5月のディー・クラークのシングル(タイトルは「Come Closer」)(Constellation C-120)も、オケは同じだった。

続く1966年5月の「We'll Be Makin' Out/Lucky Day」(DynoVoice 220)はボブ・ゴーディオの単独プロデュースで、ハーブ・バーンスタインがアレンジを手掛けていた。「We'll Be Makin' Out」は、ボブ・クルーとボブ・ゴーディオの共作だ。

「Lucky Day」はジェシカ・ジェームズのソロ名義になっていた。

彼女たちにはもう1枚、「Blue Skies」というシングルがあるらしいのだが、詳細は不明。

ペギーは同年、ティファニー・ミシェル(Tiffany Michel)名義でもMGMから「Dixie/Come Closer」(MGM K13624)をリリースした。シングルはレアで、ネット上にも音源は見当たらず(B面の音源はあった)、まだ音を聴けていない。

1966年10月10日に録音された「Dixie」は、19世紀の南北戦争前に書かれ南軍のテーマ・ソング的に使われた有名な曲を素材に、プロデュースのゴーディオがアダプトし、アーティ・シュロックがアレンジした。演奏も歌も素晴らしいとのことだが、テーマがテーマなだけに、レコード店や放送局にはボイコットするところも少なからずあったらしい。

ゴーディオのプロデュース、カレロのアレンジと表記されているB面の「Come Closer」は、ジェシカ・ジェームズ&ジ・アウトローズのヴァージョンに多少の手を加えたもの。

またもや前置きが長くなってしまった。ボブ・ゴーディオとペギー・ファリーナの共作による「Beggin'(悲しきプロポーズ)」は、1967年1月の録音で、スタジオは不明。リリースは2月8日。1960年代後半のフォー・シーズンズのシングルの中でも、とりわけ時代に先んじた感覚があふれ出た傑作である。

要となるのは、シンコペーションを多用してグルーヴ感溢れるリズムを繰り出すバディ・サルツマンのドラムスと、見事なコンビネーションを見せるジョー・ロングのベース。ストリングスを生かしたアレンジはアーティー・シュロックが担当しているが、ベーシックな部分はゴーディオ自身が組み立てていると思われる。彼自身が弾いていると思われるリズミカルなピアノも効果的だ。

ファルセットを使わないヴァリのヴォーカルは力強さにあふれているばかりでなく、これまではあまり感じたことのなかったソウルっぽさも漂わせている。

ビルボード・シングル・チャートの最高は、4月8日と15日付の16位だったが、この手の音に人気の集まりそうなイギリスでは、まったくヒットしなかった。その代わりというわけではないが、イギリスからはこの曲の素晴らしいカヴァー・ヴァージョンが誕生した。

モッドな雰囲気のR&B/ジャズ/ポップ志向から出発したバンド、タイムボックスが1968年5月31日にデラムからリリースした通算4枚目のシングルで取り上げたのである。7月に全英チャートの38位まで上昇、彼らの唯一のヒット曲となった。まずはテレビ出演時の生演奏の映像から。

リード・ヴォーカルはマイク・パトゥー、ヴィブラフォンはオリー・ハルソールである。そう、1970年代半ば以降、ケヴィン・エアーズのギタリストを長年務めたことで知られるハルソール(1992年に心臓発作で他界)は、当時はヴァイブ奏者としてグループの個性的なサウンドを支えていたのである。タイムボックスは徐々にロック色を強めながらシングルをリリースしていくがヒットは続かず、録音されたアルバムも未発表に終わってしまった。

アルバム用未発表マテリアルを含む彼らの音源は1998年に初めてCDにまとめられたが(『TIMEBOX FEATURING MIKE PATTO & OLLIE HALSALL』(Deram 844 807-2))、現在出ているものは、パイ系列のピカデリーからの最初のシングル2枚分を追加した決定版である。

Timebox

"BEGGIN'" (RPM/Retrodisc RETRO 834)

このCDで聴ける「Beggin'」は、オリジナル・シングル通りのモノラル・ヴァージョンだが、以下の画像で聴ける音は何とステレオである。

1998年のデラム盤CDには、ステレオ・ヴァージョンで収められていたのだろうか。お持ちの方がいらしたら、ご教示頂きたい

(追記:上記のように書いたところ、早速お持ちの方から「ステレオです」とご教示頂いたので、訂正しておく)

いずれにしても、(ライヴ映像には入っていなかった)ブラスやストリングスも効果的なこのアレンジと演奏は実にスリリングで、フォー・シーズンズのオリジナルをも凌駕しそうな出来栄えである。これまでに聴いたフォー・シーズンズ/フランキー・ヴァリの楽曲のカヴァーで、これほどの喜びや驚きを与えてくれたものは、ほかにはない。

高度な音楽性を誇ったタイムボックスは、解散後そのまま発展的に、プログレの要素もあるハード・ロック・バンド、パトゥーとなる(パトゥーのアルバムは未聴)。優れたヴォーカリストだったマイク・パトゥーは、パトゥーの解散後もボクサーなどのバンドで活動を続けたが、1979年にわずか36歳で咽頭がんで亡くなってしまった。

「Venus」でおなじみ、オランダのショッキング・ブルーが解散直前の1974年にアルバム『GOOD TIMES』に収録したカヴァーも、悪くない。

時は流れ2007年、フランスのDJ、Pilooski(読み方わからん)がフォー・シーズンズのオリジナルを大胆にリミックスしたヴァージョンがリリースされた。

Pilooski

"BEGGIN' [Pilooski Re-Edit]" (679 679L146T)

679というのはレーベル名である。これは12インチ・アナログ・シングルで、A面に表題のエディット・ヴァージョン、B面に「Beggin' [Speaker Killer Remix]」と「Who Loves You(愛はまぼろし)」のオリジナル・ヴァージョンが収められていた。Pilooskiのエディットは、何も新しい音は加えず、もともとのフォー・シーズンズの録音のみを加工してあるのが特徴。B面のスピーカー・キラー・リミックスの方は打ち込みのドラムスの音がかぶせてある。

(追記:上記取り消し部分は、私の確認不足だった。Pilooskiのエディットは、基本的にはフォー・シーズンズの録音を加工したものだが、チキチキチキチキと刻む音やハンドクラップの音などが、目立たない程度だが重ねられていたので、訂正しておく)

このPilooskiによるリミックス・ヴァージョンは、全英チャートで32位、全英ダンス・チャートでは1位を記録した。先日発売されたもののなかなかまともに紹介できないでいるボブ・ゴーディオ作品集『AUDIO WITH A G - SOUNDS OF A JERSEY BOY - THE MUSIC OF BOB GAUDIO』(Rhino 8122-79584-7)にも収められている。どうせならタイムボックスのヴァージョンも入れて欲しかった!

Audiowithag

同じ2007年には、ノルウェイのヒップホップ2人組、マッドコンによるラップ入りのカヴァーも登場、ヨーロッパ各国で大ヒットした。

まあ、私にとってはどうでもいい感じの内容だが(映像のセンスが悪いのがマイナス?)、こうして曲が生命力を保ち続けるのは、悪いことではない。そしてミュージカル/映画『ジャージー・ボーイズ』でも近年のフランキー・ヴァリのライヴでも、この曲は重要な位置を占め続けている。

やはりファルセットは使わず、「Beggin'」に近い雰囲気もあるカップリングの「Dody」は、ボブ・クルーとボブ・ゴーディオによる新曲。盤面にはアレンジャーの表記がないが、実はチャールズ・カレロが担当している(後のアルバムではクレジットされる)。ということで、恐らく1965年11月のカレロとのセッションで録音されていたものと思われる。

両曲とも、1967年5月リリースのオリジナル・アルバム『NEW GOLD HITS』(Philips PHM 200-243[mono]/PHS 600-243[stereo])に含まれることになる。「Beggin'」は1968年12月発売のベスト『EDIZIONE D'ORO (GOLD EDITION)』にも同じヴァージョンで収録。1975年のベスト『STORY』収録のものは両チャンネルの音がほぼ中央に寄せられたパターンだった。

さて、次はいよいよ、フランキー・ヴァリの5枚目のソロ・シングル「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)/The Trouble With Me」の登場となる。9月27日の映画『ジャージー・ボーイズ』の公開には、ちょっと間に合わなさそうだが。

(続く)

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September 21, 2014

フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(69) 全シングル紹介 その23

ザ・フォー・シーズンズ/ザ・ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの全オリジナル・アナログ・シングル紹介の第23回。少し先を急ぐことにする。映画『ジャージー・ボーイズ』の公開までに、「あの名曲」にたどり着きたいからだ。

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A) THE PROUD ONE (B. Crewe - B. Gaudio) PHW1-38789 #68
B) IVY (D. Randell - S. Linzer) PHW1-38790
FRANKIE VALLI
A Bob Crewe Production
Arranged & Conducted by Herb Bernstein
Philips 40407 [10/66]
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フランキー・ヴァリの4枚目のソロ・シングル。ここからはそれまでのスマッシュではなく、フォー・シーズンズと同じフィリップスからのリリースとなり、ピクチャー・スリーヴも付けられた。

ステア=フィリップス・スタジオで1966年9月に録音された「The Proud One」は、3月録音の前作「You're Ready Now」と同様、ボブ・クルーとボブ・ゴーディオの合作で、ハーブ・バーンスタインがアレンジを手掛け、バーナデット・キャロル、ペギー・サンティグリア、デニース・フェーリの3人がバッキング・ヴォーカルを担当した。100位入りできなかった前作よりはマシだが、フィリップスからのリリースにもかかわらず最高68位という結果は、クルーやゴーディオにとっては不本意だったのではないか。

「リリース当時、この曲は完全に見過ごされていた」と語るマイク・カーブは、自身のレーベル、カーブにフォー・シーズンズを招き入れた1975年、ジ・オズモンズにこの曲をカヴァーさせた。オリジナルよりもソフトになったオズモンズのヴァージョンは全米22位となり(彼らの最後のトップ40ヒット)、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは1位を獲得した。

カップリングの「Ivy」は、デニー・ランデルとサンディ・リンザーが合作したバラード。ランデルによれば、やはり彼らの作品だったフォー・シーズンズの「Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)」と同じ1966年4月のセッションで録音されたとのこと。

両曲とも、1967年6月発売の『FRANKIE VALLI - SOLO』(Philips PHM 200-247[mono]/PHS 600-247[stereo])に収録されている。

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A) TELL IT TO THE RAIN (M. Petrillo - A. Cifelli) PHW1-38905 #10
B) SHOW GIRL (B. Crewe - B. Gaudio) PHW1-34723
THE 4 SEASONS Featuring the 'sound' of Frankie Valli
A Bob Crewe Production
Arranged and Conducted by Artie Schroeck (Side A)
Philips 40412 [21/11/66]
45cat

「Tell It To The Rain(雨に言っておくれ)」は1966年10月の録音だが、スタジオは不明。作者のうち、マイク・ペトリロについては第63回で紹介した。もう一人のアンジェロ・“チャビー”・シフェーリはニュージャージー出身のギタリスト。最初にトミー・デヴィートからギターを教わり、1959年にザ・トレードウィンズの結成に名を連ねる(このトレードウィンズは、ヒューゴ&ルイージのプロデュースでRCAヴィクターからデビューしたホワイト・ドゥーワップ・グループ。アンダース&ポンシアが1965年に始めたグループ、ザ・トレード・ウィンズとは無関係)。その後、フランキー・ヴァリの紹介でペトリロと知り合い、ソンクライター・チームを組んだ。

新しいソングライター・コンビを迎え、新鮮なイメージが打ち出されたこの曲では、久々にホーンは入らず、一方でストリングスが効果的に使われ、すっきりとビートの効いたフォーク・ロック・サウンドに仕上がっている(バディ・サルツマンと思われるドラムスは本当にカッコいい)。構成にはスキがなく、ヴォーカル・ハーモニーも冴えわたり、全米10位を獲得した。

この曲は1967年5月リリースのオリジナル・アルバム『NEW GOLD HITS』(Philips PHM 200-243[mono]/PHS 600-243[stereo])に含まれることになる。

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アルバムのステレオ盤に収録されたヴァージョン違い(歌い回しが1箇所異なる)については、第57回を参照していただきたい。

カップリングの「Show Girl」はアルバムからのカット。1965年1月にオルムステッド・スタジオで録音された、やや重めのクルー=ゴーディオ作品で、このシングルではクレジットが抜けているが、アレンジはチャールズ・カレロが担当した。

1965年3月発売のアルバム『THE 4 SEASONS ENTERTAIN YOU』のA面トップに収められ、1966年1月の『WORKING MY WAY BACK TO YOU』にもそのまま再録されていた。

(続く)

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公開間近の映画『ジャージー・ボーイズ』 観る前に知っておいてほしいこと

先日の「フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ18枚組BOXの修正盤について」の記事で触れた修正盤は、ようやく昨日投函されたようだ(遅い!)。そして新規出荷ボックスのステッカー差し替えの提案についての返事はない。

さて、いよいよ、映画『ジャージー・ボーイズ』の日本公開まで、あと1週間となった。公式ホームページのコメント欄も、どんどん数が増えてきた。

本日(20日)発売の雑誌『キネマ旬報』10月上旬号は、『クリント・イーストウッド、最後のプロフェッショナル「ジャージー・ボーイズ」』と称して、16ページに渡る巻頭特集を組んでいる。メインとなるのは、第63回でも触れたように週刊文春でも連載「本音を申せば」で絶賛記事を書かれていた作家の小林信彦氏と、評論家の芝山幹郎氏との対談「永遠のスタンダード」。映画を始めとするアメリカ文化にお詳しいだろうお二人の対談は、読み応えがあるものだが、芝山氏の次の発言が引っかかった。

ビートルズが出てフォー・シーズンズが消えたようなもんでしたから。急にヒット曲が出なくなって、66年に一回解体しちゃうわけですよね。映画の最後で歌われる『1963年12月(あのすばらしき夜)』は再結成した後の歌です。1975年の曲で、ヴァリ以外はまったく別のメンバー。

最初の認識は、まるで間違っている。ビートルズが1964年にアメリカ上陸を果たし、他のグループも続き、ブリティッシュ・インヴェイジョンの大きな嵐が起こったとき、多くのアメリカン・ポップ・アーティストたちが失速したが、その逆風にもめげずにヒットを飛ばし続けることが出来た数少ないグループの一つが、フォー・シーズンズなのだから。

そして、「66年に一回解体」なんて、どこから出てきた話なんだ? 前回紹介のシングル「I've Got You Under My Skin(君はしっかり僕のもの)」以降も、フォー・シーズンズは1968年まで次のようにヒットを放っている(順位はビルボード)。

「Tell It To The Rain(雨に言っておくれ)」10位
「Beggin'(悲しきプロポーズ)」16位
「C'mon Marianne」9位
「Watch The Flowers Grow」30位
「Will You Love Me Tomorrow」24位

確かにこれ以降チャート上位からは遠ざかり、メンバーもしばしば交代はしたが、1975年に劇的な復活を遂げるまでの間にも、グループは一度も解散も活動停止もしていない。キネ旬読者の大半は、フォー・シーズンズのことなどほとんど知らないだろうから、誤った情報を流布してもらっては困る。

ただし、映画での彼らの描かれ方を真に受けたのだとしたら、「あの」時点でグループが一度バラバラになってしまったように錯覚してしまうのも、無理はないかも知れない。どういうことか説明しよう。

映画『ジャージー・ボーイズ』は、フォー・シーズンズを描いた作品である。これは間違いない。それでは、これは伝記なのか? そこが問題となる。

劇中に登場するエピソードの大半は、脚色されているとしても、実際に彼らに起こった出来事がもとになっている。だが、それをもって『ジャージー・ボーイズ』を伝記だと認識するのは危険である。なぜならば、それぞれのエピソードが、実際にあった時系列の通りには決して並んでいないからだ。

ネタバレにならないよう具体的な記述は避けるが、例を挙げると、描かれている出来事Aは、実際にあったこと。その出来事Aがあったことの結果として起こったように描かれる出来事Bも、実際にあったこと。観客は、こんな劇的なドラマがあったのかと、感動する。ところが現実では、出来事Bは出来事Aよりも何年も前に既に起こっていて、そこに因果関係は何もない。映画としての筋を整えるために、あえて前後関係を入れ換え、そのことで物語としてのダイナミズムを獲得しようとしたということになる。

ミュージカル版については誰よりも詳しいElaine'sさんも指摘している通り、映画では、最初にトミーが登場し観客に語り始める場面の「1951年」と、最後にロックの殿堂入りを果たす「1990年」以外に、年代は表示されない。つまり、それぞれが「いつ」の出来事なのかは、名言していないわけだ。しかもElaine'sさんによれば、ミュージカルから映画に置き換えるにあたり、前後関係・相関関係には更に手が入れられているというのである。

映画は「作品」なのだから、事実とは違う!と怒るのは筋違いだろう。私もこの「作品」を大いに評価している。ただし、とりわけ日本ではフォー・シーズンズのことはほとんど知られていないだけに、「ストーリー」が現実とごっちゃになって人々に広く認識されてしまうであろうことに関しては、複雑な気持ちでもある。

そこで、先の芝山氏の発言の根拠となった(?)描写について。一触即発のグループの中で蚊帳の外に置かれた感のあったニックが突然辞めてしまうのと、トミーがグループから一時離脱を余儀なくされるのが、ひとまとめに描かれているが、これはこのブログでも何度も書いているように、実際にはニック・マーシの脱退は1965年、トミー・デヴィートの離脱は1970年で、実に5年もの開きがある。その間に才能豊かなジョー・ロングが入り、グループは音楽的に更に発展していくのだが、映画で描かれるような人間ドラマの要素の少ない、純粋に音楽的な事柄は、物語的にはおいしくない、ということなのだろう。

そして、ニックとトミーが去ったあとでまたドラマがあり、フランキー・ヴァリのソロ「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」が誕生する、という筋書きになっているので、よく知らないと、グループ解散~ソロ活動へ、という図式に見えてしまうのである。これが芝山氏が勘違い(?)された一因ではなかろうか?

これも、このブログの読者ならご承知の通り、実際には1965年のファースト・ソロ・シングル「The Sun Ain't Gonna Shine (Anymore)(太陽はもう輝かない)」以降、フォー・シーズンズのグループとしての活動と、フランキー・ヴァリのソロ活動は「平行して」行われていくのである。だんだんその両者もミックスされたりするようにはなるのだが。

それにしても、第64回で書いたことの繰り返しになるが、「Can't Take My Eyes Off You」を「フォー・シーズンズの曲」と認識している人の多さには参ってしまう。これはむしろ逆に映画を観れば、フランキーのソロであるということがわかってもらえるだろうが。

なお、ネタバレ覚悟で、ミュージカル版と映画版の詳細な比較が知りたい方は、ぜひElaine'sさんのブログの記事「ステージからスクリーンへ(1) (2) (3) (4)」をお読み頂きたい。

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September 18, 2014

フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(68) 世紀の傑作「I've Got You Under My Skin」(全シングル紹介 その22)

ザ・フォー・シーズンズ/ザ・ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの全オリジナル・アナログ・シングル紹介の第22回。金字塔の登場だ。

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A) I'VE GOT YOU UNDER MY SKIN (C. Porter) PHW1-38757 #9
B) HUGGIN' MY PILLOW (B. Crewe - B. Gaudio) PHW1-32849
THE 4 SEASONS Featuring the 'sound' of Frankie Valli
A Bob Crewe Production
Arranged & Conducted by Artie Schroeck (Side A)
Philips 40393 [5/8/66]
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「I've Got You Under My Skin(君はしっかり僕のもの)」(女性歌手が歌うと邦題は「あなたはしっかり私のもの」となる)は大作曲家コール・ポーター(1891~1964)の代表作の一つ(作詞も)で、初めて全編の音楽を手掛けたMGMミュージカル映画『踊るアメリカ艦隊(Born To Dance)』(1936年11月全米公開)のために書かれた(他に「Easy To Love」など)。

劇中では、主人公ノラ(エリノア・パウエル)と恋人同士だったテッド(ジェームズ・スチュアート)のことを好きになったルーシー(ヴァージニア・ブルース)が、テッドに向けてこの歌で愛を告げる。

ほかにオーケストラ演奏もあり、本人役でクラブのステージに登場する夫婦ダンス・ペア、ジョージズ&ジャルナが素敵なダンスを披露している。

彼ら(トレーガス夫妻)はザビア・クガート楽団と共にニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルに長年出演したりしていた。夫ジョージズが映画に出演したのはこれが唯一だったが、妻ジャルナの方は何本かの映画にも登場しているとのこと。そのジャルナさんは、何と現在103歳で、ご健在だそうだ。

『踊るアメリカ艦隊』で当初ルーシー役に予定されていたのは、フランセス・ラングフォードだった。彼女は既に前年、映画『夜毎八時に(Every Night At Eight)』に出演して劇中歌「I'm In The Mood For Love」を大ヒットさせ、エリノア・パウエルの主演によるMGMミュージカルの第1弾にあたる前作『踊るブロードウェイ(Bloadway Melody of 1936)』でも2曲ほど歌っていた(いずれもコール・ポーター作品ではない)。だが、最終的にルーシー役はヴァージニア・ブルースに決まり、ラングフォードには別の役があてがわれた。

劇中で歌う機会を逃したフランセス・ラングフォードは、すかさず8月7日にジミー・ドーシー楽団の伴奏を得てデッカにこの曲を録音した(筆者未聴)(Decca 939)。

ヴァージニア・ブルース自身も(映画とは別に?)10月5日、ブランズウィックに録音している(Brunswick 7765)。

瞬く間に人気曲となりラジオでのオンエアー率も急上昇、チャート上では、まずハル・ケンプ楽団(歌:スキネイ・エニス)のブランズウィック録音(9月2日)が10月に全米8位となった。

12月にはレイ・ノーブル楽団(歌:アル・ボウリー)のヴィクター録音(9月25日)が全米3位に。

この時代の傑出した表現として、リー・ワイリー(伴奏:ヴィクター・ヤング楽団)のデッカ録音(1937年2月10日)を挙げておきたい。

シンフォニックかつユニークなアレンジのものとしては、クラシックとポピュラーを縦断したモートン・グールド率いる楽団の1944年11月のコロンビア録音がある。

1950年代前半に入ると、ジャズ界で個性的な名演が続出する。例を挙げると……

スタン・ゲッツ・クォーテット
(1950年1月6日プレスティッジ録音、『STAN GETZ QUARTETS』所収)
レッド・ノーヴォ・トリオ(withタル・ファーロウ&チャーリー・ミンガス)
(1950年10月31日サヴォイ録音、『MOVE!』所収)
ペギー・リー
(1953年4月30日デッカ録音、『BLACK COFFEE』所収)
スタン・ケントン楽団
(1953年7月8日キャピトル録音、『PORTRAITS ON STANDARDS』所収)
チャーリー・パーカー
(1954年3月31日ヴァーヴ録音、『CHARLIE PARKER PLAYS COLE PORTER』所収)
ダイナ・ワシントンとクリフォード・ブラウンらオールスターズ
(1954年8月14日エマーシー録音、『DINAH JAMS』所収)

このような感じで、死の1年前のほぼラスト・レコーディングであるパーカーはともかく、偶然かもしれないがそれぞれの代表作と言われるアルバムの一つに含まれているケースが多いのが興味深い。

そして、この曲にとって決定的な演奏が登場する。フランク・シナトラだ。

トミー・ドーシー楽団の専属歌手として人気を得、1942年に独立したシナトラは翌年コロンビアと契約、自身のレギュラー・ラジオ番組もスタートさせる。1944年の年間を通じてCBSラジオでオンエアーされていた『The Frank Sinatra Program』(ヴィムス・ビタミン提供のため『Vimms Show』と呼ばれた)もその一つだが、シナトラはその番組の中で「Easy To Love」と「I've Got You Under My Skin」をメドレーにして、アクセル・ストーダル楽団の伴奏で歌ったことがある。

このヴィムズ・ショーの音源のうち16曲は1982年に『PORTRAITS FROM THE PAST』というLPにまとめられ(Bravura 101)、1988年にはVディスク音源を追加してCD化されたが、そこにこのメドレーも含まれていた。2003年にはコロンビア/レガシーからの編集盤『SINATRA SINGS COLE PORTER』に含まれて公式初CD化、『THE LEGENDARY STANDARDS』という別の編集盤からのものをここで聴くことができる(Listenのボタンをクリック)。前半の「Easy To Love」はソロで歌うが「I've Got You Under My Skin」はほとんどのパートが混声合唱で歌われ、シナトラの歌も原曲のイメージを壊さない。

シナトラはその後一時期低迷するが、1953年にキャピトルと契約、最良の伴奏者となる名アレンジャー、ネルソン・リドルとの邂逅を経て、絶頂期を迎えようとしていた。そして1956年、それまでの10インチLPをカップリングしたものではなく最初から12インチLPとして企画された初のアルバム『SONGS FOR SWINGIN' LOVERS』(Capitol W653)が登場する。

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ちなみに私の持っているこのアルバム・ジャケットは、1957年にイラストが変更された後のもの。

Songsforswinginlovers

こちらがオリジナル・ジャケットだが、イラストの顔が貧相だというので差し替えられたのだった。

雑誌『レコード・コレクターズ』には創刊後しばらく、日本一のシナトラ通である三具保夫氏による「フランク・シナトラ・ディスコグラフィ」が連載されていた。2-5号(1984年1月)掲載の第9回から、このアルバムについての記述を引用する。

56年1月9日、10日、12日、16日の録音、アレンジと指揮はすべてN・リドル。これぞシナトラ=リドル・サウンドを確立し、歌うスタイリスト、シナトラのイメージを定着させた記念すべきアルバムである。ブラスとホーンを中心とする大編成のバンドをバックに第1コーラスをレガート風に、第2コーラスを力強くフェイクする、当時シナトラが得意としたスイング唱法の典型が聴かれる。(中略)声ののびと力強さ、スムースなリズムへの乗り、そしてスリリングな歌詞やメロディーの崩しかた、等々…ヴォーカル・ファン必携のアルバムである。白眉はシナトラのトレードマークにもなっている“I've Got You Under My Skin”(56/1/12)。

そう、この傑作アルバムを象徴するのが、B面トップに置かれていた「I've Got You Under My Skin」だった。印象的なリフから抑え気味にスタートし、小気味よいシナトラの歌を的確にサポートしていくバンドの演奏は、間奏部で劇的に盛り上がる。ミルト・バーンハートの見事なトロンボーン・ソロに至るまでの長い長いクレッシェンドは、シナトラの求めに応じたリドルが、ラヴェルの『ボレロ』をイメージして作り上げた。バルブ・トロンボーンのジョージ・ロバーツの提案で、彼がかつて参加したスタン・ケントン楽団の「23° N - 82° W(北緯23度西経82度)」(ビル・ラッソ作。1952年のアルバム『NEW CONCEPTS OF ARTISTRY IN RHYTHM』所収)も参考にされたという。

シナトラはこの曲を、リプリーズ設立後の1963年には『SINATRA'S SINATRA』用にステレオで再録音、1993年の『DUETS』ではU2のボノとデュエット(録音は別々)するなど、何度か録音している。そんなシナトラのパフォーマンスを、1964年と思われるライヴ映像で観ておこう。

フランキー・ヴァリはシナトラ・ファンだったが、シナトラが定番としたこの曲をフォー・シーズンズが取り上げるようになった経緯は別のところにあった。『JERSEY BEAT - THE MUSIC OF FRANKIE VALLI & THE 4 SEASONS』のブックレットで、ボブ・クルーは次のようにコメントしている(オネエ風に訳してみた)。

「あたしは信心深い人間じゃないけど、フランキー・ヴァリ、ボブ・ゴーディオ、それにあたしという3人が一緒になれたことは、神さまの思し召しよね。何をやっても、魔法みたいにうまくいったわ。精神と才能とが信じられないほど結びついていたからよ。あたしは一生それをありがたいと思って、大事にするし、望み続けるわ。‘Sherry’以来のあたしたちのコラボレーション、その全てが好きよ。でもね、お気に入りの一つはあたしたちの作品じゃないの。それはコール・ポーターの歌。ラスヴェガスでフランク・シナトラのコンサートを観てから、ボブは‘I've Got You Under My Skin’が気になってどうしようもなかったのね。彼はシーズンズで録音したがっていたわ。あたしはそのアイディアがとっても気に入って、それで録音したの。結果? それはレジスにコメントしてもらうわ」

レジスとは、レジス・フィルビンのこと。米国テレビ界でトークショー司会者として長年活躍してきた人物だそうである(米国民なら誰でも知っているのだろう。日本でいえば、例えはあまりよくないが、みのもんた?)。

「フォー・シーズンズの歌は、その大半が彼ら自身か、彼らの同僚たちが彼らのために書いたものだ。だから誰も、もっとうまくなんて歌えない。彼らがどんな風に‘I've Got You Under My Skin’を料理するのか、聴くのがとても楽しみだった。そう、みんなシナトラやほんとうに偉大な歌手たちがあの曲を歌うのを聴いているからね。でもフランキー・ヴァリとフォー・シーズンズは、ほかのすべての持ち歌と同じようなやり方で自分たちのものにしたんだ。この素晴らしい歌に素晴らしいアレンジ、そして素晴らしいパフォーマンスがまた一つ。惚れたね」

フォー・シーズンズの「I've Got You Under My Skin」はステア=フィリップス・スタジオで1966年7月に録音され(マスター登録は8月となっている)、8月5日にリリースされた。アレンジはハーブ・バーンスタインではなく、初めてアーティー・シュロックが担当した。

アーティー・シュロックは1938年10月、ニュージャージーの音楽一家に生まれた。3歳でドラムスとピアノを始め、5歳から兄とステージに立つ。兄ハロルドがピアノ、アーティーがドラムスで、兄はタップ・ダンスも披露した。わずか8歳でジーン・クルーパに兄ともどもスカウトされ、ルイ・プリマなどとも共演。兄がやめてからは地元のローカル・バンドなどで様々な楽器を演奏、アレンジも手掛けるようになる。

まだ10代の頃、ラスヴェガス公演の合間に楽器店でハモンド・オルガンを試奏していたところ、たまたま店に居合わせたのがライオネル・ハンプトンだった。ハンプトンはすかさず店にあったピアノに向かい、ジャム・セッションが始まった。その場でスカウトされたシュロックは、その夜からハンプトン・バンドでピアノを弾くことになった。

ハンプトンの下を辞してからは、アレンジャーとしてニール・ダイアモンド、ラヴィン・スプーンフルなどのレコードを手掛けるようになる。「I've Got You Under My Skin」に起用されたのも、ジャズに精通しているところを見込まれたからなのかもしれない。

それにしても、何と大胆かつ芸術的なアレンジなのだろう! ピアノとチェロによるゆるやかな導入、そこにストリングスがかぶさり、リットしながらホーンとシンバルが鳴り響く。美しいファルセットと共にドラムスがインテンポでビートを刻み、フィルインして最初のコーラスへ、というイントロだけでも、シンプルなようで奥が深い。効果的に使われるチューブラー・ベルズ、終盤の大胆なブレイクとバディー・サルツマンの切り裂くようなフィルイン、その後♪Never win...と繰り返す印象的なヴォーカル・ハーモニー…、様々な要素が交錯していく魔法のような時間。

ビルボード・シングル・チャートでの最高は9位だったが、私はフォー・シーズンズで1曲だけ選べと言われたら、ためらわずにこの録音を挙げる。

この曲はオリジナル・アルバムには未収録。第66回で紹介した「Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)」と同様、1966年11月発売のベスト盤『2nd VAULT OF GOLDEN HITS』(Philips PHM 200-221[mono]/PHS 600-221[stereo])がアルバム初収録となった。

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ところがシングルとこのベスト盤とでは、長さが違うのである。

どちらも演奏時間は3:37と表記されているが、シングルの方がフェイド・アウトが長く、実測で3:44だった。アルバムはステレオ盤(ステレオ・ヴァージョンで収録)しか確認できていないが、表記通りの長さで、恐らくモノラル盤も同様と思われる。1968年のベスト『EDIZIONE D'ORO (GOLD EDITION)』も同一、1975年のベスト『STORY』収録のものは一応ステレオだが両チャンネルの音がほぼ中央に寄せられていた。

各種編集盤CDに収録されているステレオ・ヴァージョンはLPと同じだが、英エースから出た『EDIZIONE D'ORO』のCDに収録されたモノラル・ヴァージョンは、シングルと同じ長さだった。

今年1月のフランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ初来日公演でも、当然のようにこの曲は演奏されたが、シナトラへのトリビュートと称して、途中にリドル編曲の間奏部分を挟み込むという粋な演出がなされていた。

カップリングには、1964年7月発売のアルバム『RAG DOLL』から、ボブ・クルーとボブ・ゴーディオの共作「Huggin' My Pillow(夢の中のきみ)」が引っ張り出されてきた。もともとこの曲は出来もよく、「Ronnie/Born To Wander」に続くシングルとして当時リリースされるはずだったが、傑作「Rag Doll」が出来上がったためにシングル化は見送られ、アルバムに収録されるに留まっていたのだった。

アルバムに編曲者のクレジットがなかったためか、このシングルにも記載がないが、アレンジはチャールズ・カレロである。この曲にステレオ・ヴァージョンは存在せず、アルバムのステレオ盤には擬似ステレオで収録されていた。第51回も参照のこと。

(続く)

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September 13, 2014

ボブ・クルー死去/フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ18枚組BOXの修正盤について

(9月13日13:50追記:Jersey Boys Blogでは、次々とボブ・クルー追悼関連記事がアップされているので、ご参照頂きたい。また、18枚BOX修正盤について、文末で触れたライノへの問い合わせに対する返事が届いたので、末尾に追記した)

9月27日の公開が目前に迫ってきた映画『ジャージー・ボーイズ』。試写での評価もほぼ絶賛の嵐の中、悲しい知らせが飛び込んできた。

フォー・シーズンズの育ての親であり、数々の業績を残した名プロデューサー、ボブ・クルーが9月11日に死去したのだ。公式サイトでの発表はこちら

早速、フランキー・ヴァリとボブ・ゴーディオ連名によるコメントが、Jersey Boys Blogに載せられた。

コメントのページには、ミュージカル『Jersey Boys』が2008年にラスヴェガスで初演された際の、ヴァリ、クルー、トミー・デヴィート、ゴーディオの写真が掲載されているが、このような写真をいくつか目にしていたので、クルーも元気なのだろうと思っていた。

Crewseasonsvegas

2012年2月にBS-TBSで放映された『SONG TO SOUL』という番組で「Can't Take My Eyes Off You(君の瞳に恋してる)」が取り上げられた際、ヴァリ、ゴーディオ、チャールズ・カレロ、アーティー・シュロックがインタヴューに答える中、作詞とプロデュースのクルーが一切登場しなかったのが気になっていた。何か理由があるのだろうかと。

あとからわかったことだが、兄弟(おそらく弟だろう)でマネージャーも務めていたダン・クルー氏が2011年11月、深刻な事実を明らかにしていた。クルーは2010年頃から様子がおかしくなり、翌年認知症と診断されて、家族が近くにいるメイン州スカボローの老人ホームに入所したというのだった。そんな状態では、番組になど出られるはずもなかった。そんな中でもボブとダンは基金を設立し、芸術や音楽の分野での若き才能へのバックアップを続けていた。

ボブ・クルーはダンに看取られ、安らかに最後を迎えたという。心からの冥福を祈りたい。

さて、7月4日に「【速報】フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズの18枚組BOXに深刻な問題が!」というエントリーでご紹介した、フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ『THE CLASSIC ALBUMS BOX』(Rhino/Warner Music 8122795939)収録の『RAG DOLL』『NEW GOLD HITS』の曲目誤収録問題のその後について。

Frankievallifourseasons2014classica

修正盤を作るという返事以降音沙汰がなく、いつもお世話になっているブログanalog BeatのJDさんからは8月8日に「本日タワーレコードからレーベルは修正ディスクを用意しないとの連絡があり、希望者には返品・返金で対応しますとのことでした」というコメントまで頂く始末。

そこでライノ宛に2度目のメールを出してから更に1か月以上経過し、ようやく昨日(12日)返事が来た。内容はこんな感じだ。

「修正された交換用ディスクの準備ができました。あなたの住所とボックスの写真を添えてお返事ください。受け取り次第、交換ディスクを発送いたします。お待たせしてすみません、お待ち頂きありがとうございました」

そこで返事がてら、今後修正盤入りのボックスは新たに出荷されるのか、その場合の見分け方について尋ねてみた。せっかく『ジャージー・ボーイズ』が盛り上がってきたこのタイミングで、フォー・シーズンズそのものの魅力にもどっぷり浸かってもらうための必携品になれるかどうかの重要なポイントなのだから。

追記:
この問い合わせに対し、ライノから次のような返事が来た。「修正盤入りボックス・セットもご購入いただけるようになりますが、見分ける方法はありません。もしあなたのお友達がこのボックスを購入されて、不完全なものだった場合には、修正盤をご請求いただけます」と。何とも不親切な話ではないか。

そこで再度メールで、売る側にも飼う側にも不親切なだけでなく、修正BOXではステッカーに「Will You Love Me Tomorrow」収録と謳われているのは不当表示にあたるようになるので、判りやすいように色を紺以外にして、ステッカーを作り直すべきではないかと伝えてみた。さて、どうなることか。

修正盤送付希望など、ライノへの問い合わせ先はこちら(英語)。
Dr.Rhino@rhino.com
(追記ここまで)

(続く)

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September 07, 2014

フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(67) 全シングル紹介 その21

ザ・フォー・シーズンズ/ザ・ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの全オリジナル・アナログ・シングル紹介の第21回。

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A) ON THE GOOD SHIP LOLLIPOP (S. Clare - R. A. Whiting) PHW1-38555 #87
B) YOU'RE NOBODY 'TIL SOMEBODY LOVES YOU (Stock - Morgan - Cavanaugh) PHW1-38556 #96
THE WONDER WHO?
A Bob Crewe Production
Arranged & Conducted by Herb Bernstein
Philips 40380 [5/66]
45cat

1934年、作曲家リチャード・ホワイティングは、シャーリー・テンプル主演の映画『輝く瞳(Bright Eyes)』の音楽を担当していた。当時わずか6歳ながら『可愛いマーカちゃん(Little Miss Marker)』(日本では1935年正月映画として公開)ですでに主演を果たし、天才子役として全米どころか世界中を熱狂させていたシャーリーを大々的にフィーチャーした作品である。

孤児を演じるシャーリーが劇中で歌う曲を、ホワイティングはなかなか書くことができずに苦しんでいた。そこへ、8歳の娘マーガレットが学校から帰ってきた。マーガレットは帰宅すると父親のスタジオに入ってピアノの横に座り、父親が書いたばかりの曲や、ジェローム・カーンやリチャード・ロジャーズといった父親のハリウッド仲間の新曲を聴くのが日課だった。ちょうどその日、マーガレットは手にべたべたする大きなロリポップ(キャンディ)を持っていた。

ピアノの長椅子に座った娘に「私から離れなさい。お前はピアノも楽譜も映画の台本もべたべたにしてしまうぞ。それにしても誰からもらったんだ?、そのロリポ…」と言いかけたホワイティングは、自分の娘が大きなロリポップを持っているのを改めて見た瞬間、パッと脳裏にひらめいた。すぐに作詞家のシドニー・クレアに電話を掛け、「こんな歌はどうだろう?」とアイディアを告げた。かくして生まれたのが「On The Good Ship Lollipop」である。シャーリーが劇中で歌う感動的なシーンを、まずはご覧いただこう。もちろんオリジナルはモノクロで、後から着色処理が施されている。

画面からもわかるように、“Good Ship”とは飛行機のこと。映画は1934年12月20日に公開、この曲の楽譜は売れに売れ、シャーリー・テンプルのテーマ・ソング代わりにもなった。

ちなみにホワイティングは1938年に46歳で早世してしまうが、名曲誕生のきっかけを作った娘のマーガレット・ホワイティングは後に人気歌手となり、父へのトリビュート作といえる1980年のアルバム『TOO MARVELOUS FOR WORDS』で遂にこの曲をレコーディングした。

最初に発売されたレコードは、1934年11月27日に録音されたヴィンセント・ローズと彼のオーケストラ(歌:ドロシー・ブレント)のヴァージョン。

アニメの人気キャラクター、ベティ・ブープの声優として知られ、後に『ポパイ』のオリーブ・オイル役も担当するメイ・ケステル(当時26歳)も1935年1月16日にデッカに録音し、レコードは200万枚以上売れたらしい。音はこちら

この曲を歌った子供向けのレコードは数多くあると思われるが、ポップ・フィールドでのカヴァーにはユニークなものが多い。まずは『ビキニ・ビーチ』などアネット主演の一連のビーチ・ムーヴィーやTV番組『シンディグ!』などへ出演し、ドクター・ペッパーのCMガールにも起用されたティーン・アイドル、ドナ・ローレンの1963年のチャレンジへの録音。ビートの効いた伴奏に乗せて、パンチのある歌声を聞かせる。合いの手を入れるのはラジオDJでTV番組のホストも務めたウィンク・マーティンデール。サンプル音源はこちらから。

R&B歌手ルース・ブラウンが1965年2月にメインストリームからリリースした『RUTH BROWN '65』からシングル・カットされたヴァージョンは、ピーター・マッツの編曲指揮によるスローでドリーミーなものに意匠替えがなされていた。音はこのブログ内で聴ける。

時代は先になるが、アイク&ティナ・ターナーのバック・コーラス隊、ジ・アイケッツの1964~65年のメンバー(ロビー・モンゴメリー、ヴェネッタ・フィールズ、ジェシー・スミス)が独立してスタートさせたザ・ミレッツの1968年のファースト・アルバム『IN THE MIDNIGHT HOUR』収録のヴァージョンはミディアム・スローでファンキーな仕上がり。

1968年9月にイギリスのトーストからシングルをリリースしたザ・カメオズは、同国の女性ヴォーカル・グループと思われるが、詳細は不明。ポップでダンサブルなアレンジを担当したデレク・ワズワースは、アレンジャーとしてダスティ・スプリングフィールド、クリスティン・パーフェクト(=クリスティン・マクヴィー)、マデリーン・ベル、アラン・プライスなどを手掛けたほか、トロンボーン奏者としてローリング・ストーンズの『THEIR SATANIC MAJESTIES REQUEST』、ビリー・プレストンやドリス・トロイのアップル録音などに参加。クレジットはないがジョージ・ハリスンの『ALL THINGS MUST PASS』でもオーケストラ・アレンジの一部を手掛けているらしい。ジャズ・ロック・バンド、ロック・ワークショップのメンバーでもあった。そのほか、『スペース1999』など多くのTVや映画音楽を作曲している。

このように子供にも大人にも楽しまれてきた「On The Good Ship Lollipop」が、ザ・ワンダー・フー?のシングル第2弾に選ばれた。

覆面グループと言いながら、ヒットした第1弾「Don't Think Twice」は既にフォー・シーズンズのアルバム『THE 4 SEASONS SING BIG HITS BY BURT BACHARACH... HAL DAVID... BOB DYLAN』にしっかり収められていたから、正体はバレバレだがあえてカヴァー企画は続行されたというわけだ。ピクチャー・スリーヴのメンバー写真の切り張りもどこか中途半端。

録音日は不明だが、マスター登録は1966年5月9日で、発売も5月。アレンジは「You're Ready Now」「Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)」に続いてハーブ・バーンスタインが担当した。数多くのカヴァー・ヴァージョンと同様、シャーリー・テンプルが歌った♪I've thrown away my toys...以下の最初のヴァース部分は省かれている。

超ファルセットによるコミカルな演出ということで、シャーリー・テンプルのオリジナルというよりは“ザ・ベティ・ブープ・ガール”メイ・ケステルからのイメージを受け継いでいると言えそうだが、米国人なら誰でも知っている曲であっても、意外性は少なかったせいか、ビルボード・シングル・チャートでの最高は87位に留まった。

カップリングの「You're Nobody 'Til Somebody Loves You」は、1944年にラス・モーガン(ビッグ・バンド・リーダーでアレンジャー)、ラリー・ストック(ファッツ・ドミノがヒットさせた「Blueberry Hill」の作者のひとり)、ジェームズ・キャヴァノー(ビング・クロスビーが有名にした「Mississippi Mad」の作者のひとり)の3人で書いたポピュラー・ソング。

最初に発売されたのはラス・モーガン&ヒズ・オーケストラ(歌もモーガン自身)による自作自演盤で、1945年にデッカからリリースされた。

1945年5月19日にはザ・キング・コール・トリオ(ナット・キング・コールのピアノとヴォーカル、オスカー・ムーアのギター、ジョニー・ミラーのベース)によるスウィンギーで素晴らしいヴァージョンが録音されたが、何と1966年に『THE VINTAGE YEARS』に収められるまで未発表だったらしいのだ。

この曲はスタンダードとなり、多くの歌手に歌われているが、最も有名なのは、1965年のディーン・マーティンのヴァージョン。ビルボードのポップ・チャートで24位、イージー・リスニング・チャートでは1位となった。

これを聴くと、フランキー・ヴァリのソロとして普通に取り上げても違和感がないようにも思うが、ザ・ワンダー・フー?のヴァージョンは、ナット・キング・コール版をベースにしているように思える。ディーン・マーティン版のヒットの余波か、かろうじて両面ヒットとなり、96位を記録した。

ザ・ワンダー・フー?のこのシングルは2曲とも、LP時代にはオリジナル・アルバムはおろかベスト盤にも一度も収録されることはなかった。初めてアルバムに収められたのは1990年6月、ライノからCD(とカセット)でリリースされた『RARITIES, VOL. 1』(Rhino R2-70973)においてである。しかも、収められたのはどちらもステレオ・ヴァージョンだった。アルバムに収録するつもりでステレオ・ヴァージョンを制作していたのだろうか。

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『RARITIES, VOL. 1』のライナーには、「"You're Nobody"には早くフェイド・アウトするプレスの盤もあるが、フル・ヴァージョンがこのコンピレーションでアルバム・デビューを飾った」と書かれている。ところが、私の所持しているシングル盤(送り溝の手彫りのマトリクスはPHW1-38556-2)は、フェイド・アウトせずに、バラバラと演奏が終わる部分まで収録されているのである! 

恐らく、誤ってフェイド・アウトをしないまま最初のマスターが作られてしまい、後期のプレスでは早めにフェイド・アウトするマスターと差し替えられたのではないかと思われる。

(続く)

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September 05, 2014

フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズ(66) ジョー・ロングと「Opus 17」(全シングル紹介 その20)

映画『ジャージー・ボーイズ』の紹介記事を雑誌「レコード・コレクターズ」9月号に書いたことは第63回でもお知らせしたが、その一部が、オフィシャル・サイトの「著名人コメント」に掲載された。やはり第63回で紹介した週刊文春の小林信彦氏や、お馴染みの湯川れい子さんほか実際に著名人の方々のコメントと並んでいるのは、何だか不思議な気分ですらある。

さて、ザ・フォー・シーズンズ/ザ・ワンダー・フー?/フランキー・ヴァリの全オリジナル・アナログ・シングル紹介の第20回として今回紹介するのは「Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)/Beggers Parade」だが、ここで遂に新メンバー、ジョー・ロングの登場となる。

『ジャージー・ボーイズ』ではチャールズ・カレロと一緒くたにされ(二人同時に参加という、ありえない設定になっている)、正当に扱われていない感もはなはだ強いロングだが、1960年代後半から1970年代前半のグループを支えていく重要メンバーである。まず、参加までの経緯を紹介しておこう。

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ジョー・ロング(本名:ジョー・ラブラシオ)は1941年9月5日、イタリアからの移民2世の両親のもと、ニュージャージー州エリザベスに生まれた。6歳のときに父親からアコーディオンを買い与えられ、13歳までレッスンを受ける。その頃にはピアノも弾けるようになっていたが、野球や女の子への興味が強くなるにつれ、音楽からは心が離れてしまう。

父が病に倒れたため、18歳で進学をあきらめ、家計を背負うことになったが、勤務先のミシン製造会社:シンガーで、故障した機械に左手を巻き込まれるという事故に遭遇してしまう。何度も手術を受け、左手を失うことは免れたが、治療とリハビリには3年を要した。

療養中、音楽への興味が再熱したが、左手には障害が残ったため、もはやピアノをちゃんと弾くことはできなかった。そこでベースをいじってみようと思い、コントラバス(ウッド・ベース)を買い、ラジオから流れる音楽に合わせて弾き始めた。外出できるまでに体力が回復すると、ニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラの第1コントラバス奏者、アルフォンス・ストラーザからレッスンを受けるようになる。クラシックの演奏家を目指そうとしたものの、クラシック音楽を厳格に表現出来るほど、左手に力を入れることができなかった。音楽学校で指揮や和声、理論も学んだりしたが、結局はフェンダー・エレキ・ベースに持ち替え、ロックンロールを演奏することにした。ロングが左利き用のベースを弾くのは、不自由な左手をカバーするためだったのだ。

60年代の初め、ロングは自身のバンド、ザ・ロケッツを結成し、全米やカナダを廻るツアー生活が始まる。レパートリーは最新のR&Rや50年代のR&Bだった。次いで男性4人と女性1人から成るジ・アクセンツで活動。どちらのバンドも長続きできなかったのは、メンバーが次々に徴兵されてしまったのが原因のようだ。

その後は、友人であるアル&ジェット・ローリングの夫婦コンビ(二人はテナー・サックス奏者ジョージー・オールドのレビューに加わって1964年に来日している)がラスヴェガスを中心に展開していたレヴューに参加する。奥方のジェットはニュージャージー出身で、後に詳しく紹介することになるアレンジャー、アーティ・シュロックと組んでザ・グラス・ルーツのヒット曲「Lovin' Things」や、フォー・シーズンズのアルバム『NEW GOLD HITS』収録の「The Puppet Song」などを書いたりもしている。

ローリング夫妻のバンドで働いていた1965年の恐らく9月頃、ロングはマネージャーのフランキー・フェイムから、トミー・デヴィートを紹介される。ちょうどニック・マーシが予告なしに突然フォー・シーズンズを辞めてしまったことで、デヴィートは代わりのメンバーを探していた。後釜を引き受けたチャールズ・カレロは、あくまでも“代役”だったからだ。フェイムはデヴィートに「君らに紹介できるヤツがいるよ。彼はベースが弾けるし、まるで年中風邪をひいているようなしわがれ声なんだ、ニックみたいに。彼だったらメンバーになれるんじゃないかな」と告げ、興味を持ったデヴィートとニュージャージー州ベルヴィルの楽器店で会うことになったのだ。ロングは少し楽器を弾いて見せ、デヴィートは「いい音してるな。他のメンバーに紹介するよ」と約束した。

翌週、他のメンバーたちとも会ったロングは、みんなに気に入られ、その場でグループ入りを打診された。それからまた1週間ほど経って、実家にいたロングのもとに、ノースかサウス・カロライナ州あたりをツアー中のデヴィートからいきなり「よう、飛行機に乗ってロサンゼルスで俺たちと合流できないか? バンドに入って欲しいんだよ」と電話が掛かってきた。LAでの仕事は2日か3日後に迫っていた。ロングは、アル&ジェット・ローリングとの仕事を辞めるには少なくとも2週間の猶予が必要だと説明し、デヴィートは怒った様子を見せながらも、最終的には渋々納得した。

ロングは参加当初、2週間の間にカレロからすべてのベースとヴォーカル・パートを教わることになっていた。ところがカレロからは「今日は無理だ、また明日」と先延ばしにされ続け、あっという間にウェスト・ヴァージニアの大学での本番当日を迎えてしまった。たった一度のリハーサルもしていないとロングは訴えたが、メンバーは「あぁ、ベストを尽くすんだな」と言うのみ。6,500人の観客を前に、ロングは「ズボンを濡らしながら」(本人談)初舞台をこなしたのだった。ロングをよりよい形で受け入れなければ、というゴーディオの反省もあり、さすがにその後2週間は、みっちりとリハーサルが行われた。

リリースの機会は逃したが自身のバンドでのレコーディング経験があり、スタジオ・ミュージシャンとしても働いていたロングにとって、記念すべきフォー・シーズンズでの初録音となったのが、「Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)」というわけである。

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A) OPUS 17 (DON'T YOU WORRY 'BOUT ME) (S. Linzer - D. Randell) PHW1-38501 #13
B) BEGGARS PARADE (B. Crewe - B. Gaudio) PHW1-37503
THE 4 SEASONS Featuring the 'sound' of Frankie Valli
A Bob Crewe Production
Arranged & Conducted by Herb Bernstein (Side A)
Arranged & Conducted by Charles Calello (Side B)
Philips 40370 [29/4/66]
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新ベーシスト、ジョー・ロングの初参加となった「Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)」は1966年4月20日、ステア=フィリップス・スタジオで録音された。「Let's Hang On!」「Working My Way Back To You」と続いてきたサンディ・リンザー=デニー・ランデル作品のシングルA面への起用は、ひとまずこれが最後となる。アレンジは前回紹介したフランキー・ヴァリの「You're Ready Now」に続いてハーブ・バーンスタインが担当し、作者コンビによるモータウン・アプローチの完成形を、スケール豊かに仕立て上げた。第63回で触れたように、間奏のテナー・サックス・ソロをマイク・ペトリロが吹いている。

細かく動くロングのベース・ラインにも注目したいが、この曲の肝はホーン・セクションだろう。この曲は初めて聴いたときから、ダンヒル・サウンドっぽいと感じてきた。もちろんこちらが先なのだが、ダンヒルでスティーヴ・バリがプロデュースしジミー・ハスケルがアレンジした、グラス・ルーツやハミルトン・ジョー・フランク&レイノルズなどの一連のレコードに共通して感じるホーンの独特の響きには、この曲からの影響が少なからずあるのではないかと思えてならないのだ。

この曲では、ヴァリがほとんどファルセットを使わずに地声で歌い、ボブ・ゴーディオをメインに他のメンバーのハーモニーがファルセット混じりで付けられているのも、新しい試みと言える(ヴァリのファルセットも重ねられているかも知れないが、全く目立たない)。最後にヴァリのファルセットが出てきたと思ったらいさぎよくフェイド・アウトしてしまうところもいい。

「僕のことは気にしないで」というサブタイトルの通り、これは失恋の歌だが、「作品17」というクラシックにありがちなタイトルには意味があるのだろうか? 第55回で紹介したザ・トイズの「A Lover's Concerto」でモータウンとバロックの融合を実現させた経験を持つ作者のランデルは、メロディーはまったくのオリジナルと前置きしながら、わざとクラシックっぽさを出すために名づけたと語る。

では、これは17番目の作品なのか?

1. Sherry
2. Big Girls Don't Cry
3. Walk Like A Man
4. Ain't That A Shame
5. Candy Girl
6. Dawn (Go Away)
7. Ronnie
8. Rag Doll
9. Save It For Me
10. Big Man In Town
11. Bye Bye Baby (Baby Goodbye)
12. Toy Soldier
13. Girl Come Running
14. Let's Hang On!
15. Little Boy (In Grown Up Clothes)
16. Working My Way Back To You
17. Opus 17 (Don't You Worry 'Bout Me)

ヒットしなかったゴーンからの「Bermuda」は除き、「Sherry」以降のフォー・シーズンズ名義のシングルからクリスマス・シングル「Santa Claus Is Comin' To Town」と、ヴィー・ジェイがメンバーやボブ・クルーに断りなく勝手にリリースした「New Mexican Rose」以降のものを外すと、上記のリストのようになり、「Opus 17」は文字通り「作品17」となる。実際にこのように計算したのかどうかはまったくわからないが。

チャート上の成績は13位が最高だったが、フォー・シーズンズを代表する屈指の名曲となったこの曲は、オリジナル・アルバムには未収録。アルバム初収録となった1966年11月発売のベスト盤『2nd VAULT OF GOLDEN HITS』(Philips PHM 200-221[mono]/PHS 600-221[stereo])のステレオ盤にはしっかりとステレオ・ヴァージョンで収録されている。

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カップリングの「Beggars Parade」はボブ・クルーとボブ・ゴーディオが合作したフォーク・ロック調の曲で、チャールズ・カレロがベースとアレンジを手掛けていた1965年10月録音のアルバム『WORKING MY WAY BACK TO YOU』からのシングル・カット。この曲でもヴァリはほとんどファルセットを使わず、淡々と歌っている。

(続く)

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