« フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(23) | Main | フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(25) »

October 14, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(24)

1962年9月にリリースされたザ・フォー・シーズンズのデビュー・アルバム『SHERRY & 11 OTHERS』(Vee-Jay VJLP 1053)、そのA面の曲目を見ていこう。

1. Big Girls Don't Cry (Crewe - Gaudio)

アルバム発売翌月の1962年10月にシングル・カットされ、ビルボード・ホット100の第1位を11月17日付から5週連続で獲得した強力曲。当時付いた邦題は「恋はヤセがまん」だが、タイトルの由来は次の通り。

1955年の映画『対決の一瞬 (Tennessee's Partner)』(かのロナルド・レーガンも出演)を観ながら居眠りをしていたボブ・ゴーディオは、ジョン・ペイン演じる男性がロンダ・フレミング演じる女性を平手打ちした音で目を覚ました。そして女性が言い返した「大人なんだから泣かないわよ (Big girls don't cry)」という台詞を紙の切れ端に書き留め、翌朝曲に仕上げた……というのが以前の定説だったようだが、実際にはこの映画にはその台詞は存在せず、ボブ・クルーによれば彼自身が夜中に居眠りしながらテレビで観た1956年の映画『悪の対決 (Slightly Scarlet)』でペインがフレミングを虐待する場面に、実際にその台詞があったということだ。

ハンドクラップを効果的に使ったビートに乗せて、フランキー・ヴァリの強烈なファルセットとコーラスが交差するこの曲は、「Sherry」で編み出されたパターンを踏襲したとも言えるが、微妙にビートを早めたのが連続大ヒットにつながった要因だろうか。いずれにしても初期フォー・シーズンズを代表する魅力的な1曲である。

2. Yessir, That's My Baby (Kahn - Donaldson)

「My Blue Heaven(私の青空)」などで知られる作曲家ウォルター・ドナルドソンと、ドイツ出身の作詞家ガス・カーンのコンビが1925年に書いたフォックストロット(ダンス音楽形式の一つ)。さまざまなジャズ・バンドや歌手によって取り上げられ、1960年にはリッキー・ネルソンのR&Rヴァージョンがチャートで34位を記録。スウェーデンのロック・バンド、ザ・シェインズによる1963~64年頃のシャドウズ風エレキ・インスト・ヴァージョン、ジャック・ニーチーがプロデュースとアレンジを担当したヘイル&ザ・ハッシャバイズによるフィル・スペクター・サウンドのシングル(テンポは遅め。ヴォーカルはダーレン・ラヴっぽい)などもある。

(10/15追記:上記ヘイル&ザ・ハッシャバイズ (Hale & The Hushabyes) 名義の録音について補足しておく。「ヴォーカルはダーレン・ラヴっぽい」と書いたが、よく調べたらリード・ヴォーカルは彼女の妹のエドナ・ライトで、ダーレンはブライアン・ウィルソン、ジャッキー・デシャノン、ソニー&シェールという豪華メンバーとともにコーラスに参加していた。なお、1964年7月にアポジーからリリースされた際には、アーヴィング・バーリン作と誤ってクレジットされ、リプリーズからの再発時に訂正された)

このあたりは原曲のメロディーに比較的忠実だが、R&Bグループのザ・クローヴァーズがアトランティック契約前の1950年にレインボーからリリースしたヴァージョンは、テンポをぐっと落とし、譜割りばかりかメロディーも大きく改変したものだった。それをさらに別のメロディーに仕立て直したのが、女性ヴォーカリストのイヴォンヌ・ミルズ・ベーカーを擁するフィラデルフィアのドゥーワップ・グループ、ザ・センセーションズで、1956年にアトコから発売されたシングルはR&Bチャートで第15位を記録した。歌詞は同じだが同様に原形を留めていないフォー・シーズンズ版は、そのセンセーションズのヴァージョンを下敷きにしているようだ。

3. Peanuts (Joe Cook)

1922年フィラデルフィア生まれのリトル・ジョー・クック率いるドゥーワップ・グループ、リトル・ジョー&ザ・スリラーズ(1956年にオーケーからデビュー)が1957年にビルボード・シングル・チャートの23位に送り込んだ彼らの代表曲の、比較的ストレートなカヴァー。作者でヴォーカルのリトル・ジョーも強烈なファルセット・ヴォイスの持ち主だが、全編ファルセットのヴァリの歌声(テープ速度を変えている?)はより洗練され、全体のアンサンブルも完成度が高い。

このヴァージョンは、ヴィー=ジェイからフィリップスへの移籍をめぐるゴタゴタ騒ぎの最中、1963年12月にシングル・カットされたが(VJ 576)、チャート・インは果たせなかった(「Sherry」以降では初)。ラジオDJたちがB面の「Stay」の方をプレイし始めたため、ヴィー=ジェイが同曲を「Goodnight My Love」とのカップリングで翌月に出し直したのが理由である(「Stay」は全米16位を記録)。「Peanuts」は1966年3月にもザ・ワンダー・フー名義、「My Suger」とのカップリングでシングル発売されたが(VJ 717)、やはりチャートに登場することはできなかった。

4. La Dee Dah (Crewe - Slay)

テキサス生まれでクラシック・ピアノのトレーニングを受けたフランク・スレイは、R&Bのレコードを集め、ソングライター兼プロデューサーへの道を歩む。自作曲のデモを歌ってくれる人材を探していて1953年に出会ったのが、ボブ・クルーだった。チームを組んだ二人は独立レーベルの XYZを立ち上げ、1957年にニューヨークのR&Bグループ、ザ・レイズの「Silhouettes」(フォー・シーズンズも1963年にカヴァー)の作詞作曲・プロデュースで全米第3位のヒットを飛ばす。

クルー=スレイ・コンビが次に手掛けたのが、ニュージャージー出身のビリー・フォードとニューヨーク出身のリリー・ブライアントの男女デュオ、ビリー&リリーだった。1956年にR&Bデュオのミッキー&シルヴィアがヒットさせた「Love Is Strange」(バディー・ホリー、エヴァリー・ブラザーズ、ポール・マッカートニー&ウィングスなども録音している)からの影響を感じさせるこの「La Dee Dah」は、彼らが1958年にスワンからリリースしたデビュー曲で、全米チャート第9位を記録し、彼らの最大のヒット曲となった。

フランキー・ヴァリがフランキー・タイラー (Frankie Tyler) 名義で1958年7月にリリースした「I Go Ape」を共作したクルーとスレイは、続いて男性歌手フレディー・キャノンを手掛けたのち、1960年を境に別の道を歩む。

1959年に初のソロ・アルバム『KICKS』をリリースしていたクルーは、1960年に『CRAZY IN THE HEART』をリリースしたあたりから、後のフォー・シーズンズのメンバーたちと深く関わるようになり、彼のプロデューサーとしてキャリアの中で最も華々しい時期を迎えるのである。

一方、スレイはスワン・レコーズのプロデューサーとなり、歌手の伴奏だけでなく自身の楽団でもレコーディングを行った。そして1960年代後半には、サイケデリックからソフト・ロックへとスタイルを変化させていくロサンゼルスのバンド、ストロベリー・アラーム・クロックのプロデュースを手掛けることになる。

5. Teardrops (Golder - Stanley)

フィラデルフィアで1953年に結成されたドゥーワップ・グループ、リー・アンドルーズ&ザ・ハーツが1957年に全米ポップ・チャート20位 (R&Bチャートでは4位)に送り込んだヒット曲(その時のタイトルは「Tear Drops」)。フォー・シーズンズ盤では作者は(バリー・)ゴールダーと(ヘレン・)スタンリーの2名しかクレジットされていないが、アンドルーズ盤や出版された楽譜にはもう2名、ロイ・カルホーン(ザ・ハーツの第1テナー)とエドウィン・チャールズも共作者として名を連ねている。ただし4人とも、他にヒット曲を書いた実績はほとんどないものと思われる。

イントロのエフェクト処理されたwateryなギターは、第8回でもご紹介したようにヴィニー・ベルが弾いていると思われる。

6. Apple Of My Eye (O. Blackwell)

前身であるザ・フォー・ラヴァーズの初セッション(1956年4月12日)で録音され、同月にシングル(RCA Victor 47-6518)としてリリースされたデビュー曲(当時のタイトルは「You're The Apple Of My Eye」)のリメイク。フォー・ラヴァーズ時代にリリースしたうちで唯一チャート・インした作品で、6月16日付けビルボード・シングル・チャートの62位まで上昇した。このフォー・シーズンズ・ヴァージョンの方は、フィリップス移籍後の1964年9月にヴィー=ジェイから「Happy, Happy Birthday Baby」とのカップリングでシングル・カットされ(VJ 618)、ビルボードで106位まで上がった。

フォー・ラヴァーズは当初、1931年ブルックリン生まれのR&Bのシンガー・ソングライター、オーティス・ブラックウェルの「Don't Be Cruel(冷たくしないで)」を録音する予定だったが、紆余曲折があってその曲は当時日の出の勢いのエルヴィス・プレスリーが歌うことになり(1956年7月12日録音)、エルヴィス最大のヒット曲の一つとなった。ブラックウェルが代わりに提供した曲の一つがこの曲で、原曲は伝統的なR&B色が強かったようだが、フォー・ラヴァーズはそこにロックンロール的なエッセンスを加えた。

1956年のフォー・ラヴァーズと1962年のフォー・シーズンズ(共通メンバーはヴォーカルのフランキー・ヴァリとギターのトミー・デヴィートの2名)とを比べてみると、歌い方も演奏も、よりワイルドな前者に対して、テンポを落とした後者はより洗練されていると言える。前者では間奏でデヴィートの狂おしいソロがフィーチャーされているが、後者ではボブ・ゴーディオによるファルフィッサ・オルガン(?)による短めのソロに置き換えられている。

フォー・ラヴァーズ時代にはバンドを牽引する役割を担っていたトミー・デヴィートは、フォー・シーズンズになって以降、ギタリストとしてもその他の面でも、あまり前面に出てくることがなくなった。様々な録音を聴いていても、デヴィートのキャラクターというものが浮かび上がってこないのだ。

アンサンブルにおけるギターの比重があまり高くないことに加え、ギター・パートのうちどの程度を彼自身が弾き、どの程度をヴィニー・ベルなどのスタジオ・ミュージシャンに委ねていたのかが判らないということもある。曲も書かなければアレンジもしない、ソロで歌う場面もないデヴィートがフォー・シーズンズにおいて果たした音楽的な役割については、今後の研究課題の一つである。

(この項続く)

|

« フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(23) | Main | フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(25) »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/35335/55891885

Listed below are links to weblogs that reference フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(24):

« フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(23) | Main | フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(25) »