« June 2012 | Main | August 2012 »

July 18, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(20)

1972年秋から年末にかけて、ボブ・クルーはモータウンでボビー・ダーリンのアルバム"BOBBY DARIN"(12/21訂正:正しくは1972年8月にリリースされていたこのアルバムではなく、ダーリン没後の1974年2月にリリースされた『"DARIN" 1936-1973』のうち3曲)をプロデュースした。心臓に持病を抱え、1973年12月に37歳の若さで死去したダーリンにとって遺作となったこのアルバムで、クルーは「Another Song On My Mind」「I Won't Last A Day Without You」の2曲にフォー・シーズンズ的アプローチを施したという(筆者未聴)。後者には、フランキー・ヴァリのヴォーカルに差し替えた未発表ヴァージョンも存在しているらしい。

続いてボブ・クルーは1973年の年明け頃から単独で、あるいはボブ・ゴーディオと共同で、フランキー・ヴァリの一連の録音をプロデュースしているが、やはり多くが未発表のまま終わっている。その中の1曲で、1987年頃にエンゲルベルト・フンパーディンクが録音した「After You」はクルーとジェリー・コルベッタらとの共作。コルベッタは当時シュガーローフ(デンヴァー出身のバンド。1970年に彼が共作した「Green-Eyed Lady」が全米第3位の大ヒット)のメンバーで、1979年にキーボード奏者としてフォー・シーズンズに参加することになる。

1973年2月頃のセッションからは、1965年のフォーチューンズのヒット曲をカヴァーした「You've Got Your Troubles」(フィリップスで1969年3月に録音され、1970年4月になってからヴァリのソロ・シングルとしてリリースされたがヒットせず)の再録音と「Listen To Yesterday」(クルー=ゴーディオ合作)が、モーウェスト閉鎖後のモータウンからの初シングルとして1973年5月にリリースされたが、やはりヒットしなかった。

ヴァリにはロマンティックなバラードが必要と考えたクルーは、旧知のエリー・グリニッチ、元フォー・エヴァーズのスティーヴ・テュデインジャーと「Be My Lover, Be My Friend」を合作したが、未発表に終わっている。ちなみにフォー・エヴァーズというのはフォー・シーズンズ・フォロワー・グループの一つで、1964年にはボブ・ゴーディオが作曲とプロデュース、チャーリー・カレロが編曲指揮、フランキー・ヴァリがバック・ヴォーカルを担当した「Be My Girl」をスマッシュからリリースしている。

同じセッションからの「Inside You」(クルー=ゴーディオ作)にはモータウンも興味を示し、やはり強力ナンバーである「With My Eyes Wide Open」(作者同じ)などと組み合わせて、1973年8月にヴァリのソロ・アルバム"INSIDE OUT" (MW788)がリリースされる予定が組まれたが、結局頓挫。この2曲は1975年の[19] "INSIDE YOU"([ ]の番号は例によって第3回のリスト参照)でようやく日の目を見た。

1973年5月1日に仕上げられたフォー・シーズンズの「How Come」に興味を示したモータウンは、第17回で紹介した「Life And Breath」とのカップリングでシングルをリリースしたが(前述のヴァリの「You've Got Your Troubles」とほぼ同時)、やはりまともなプロモーションは行なわれず、セールス的には惨敗に終わった。

一方、ボブ・ゴーディオもヴァリのバラードによるヒットを目指し、1973年8月に「The Scalawag Song」(カーク・ダグラスが主演と監督を務めた映画"SCALAWAG"(日本未公開)の主題歌としてジョン・キャメロンが書いた)をプロデュース、12月に再度「Listen To Yesterday」とのカップリングで発売されたが、これまたヒットせず。

1973年の半ばに録音され未発表に終わった中に、当時フォー・シーズンズのメンバーだったデミトリー・カラス、ジョー・ロング、ジェリー・ポルチ、リー・シャピロがシングル・リリースを目指して合作し録音した「I Wonder Why」という興味深い1曲がある。ヴァリもゴーディオもこの曲を気に入ったが(クルーが手を加えて完成させたという話もある)、マスターは失われてしまった。音は悪いがメンバーが保管していたというカセット・コピーが現在YouTubeにアップされているので、ぜひ聴いてみていただきたい。

ボブ・クルーは、ソングライティングの新しいパートナーとして、当時イレヴンス・アワーというグループのメンバーだったケニー・ノーラン (Kenny Nolan) を起用する。1973年11月から12月にかけてのセッションで録音されたクルー=ノーラン作、フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ名義の「Hickory」「Charisma」は、チャーリー・カレロもアレンジャーに復帰するなどシングルに相応しい内容で、1974年2月にリリースされた。一部のラジオ局からは好評を博し、キャッシュボックスのチャートでは90位にランクされたが、モータウンのプロモーションはやはり弱く、ビルボードでは100位入りを果たせずに終わった。そしてこれが結局モータウンからの最終シングルとなる。

同時期に録音され未発表に終わったクルー=ノーラン作品のうち、「Hymn To Her」「Lovers」はYouTubeにアップされている。

そして、この一連のセッションで録音され、クルーもヴァリも絶対の自信を持っていたにもかかわらず、モータウンがリリースを拒否した1曲があった。それが後に全米第1位となる「My Eyes Adored You(瞳の面影)」だったのである。

(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 11, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(19)

6月25日、イギリスでフランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズの新しい2枚組ベストが発売された。タイトルは彼らのヒット曲からとって"WORKING MY WAY BACK TO YOU" (Rhino 8122797259)。
Wmwbty_cdfront

あまりアマゾンの肩も持ちたくはないが、アマゾンUKから買うのが一番安くて早いのは確かだろう。私は7月3日の夜にオーダーして10日に届いた。送料込みで1,441円だった。

このCD、実は昨年5月に同じ英ライノから発売されたこちらのベスト(私は買っていない)を、18年ぶりだというUKツアーに合わせてジャケットを換えて再発したものなのだが、上の写真のステッカーにもあるように、「The Night」の新ヴァージョン(ツアーでも演奏された模様)が追加収録されているのが嬉しい驚き。

聴いて納得、正真正銘のニュー・レコーディングだった。1曲だけだが、フォー・シーズンズ名義としては[29] "HOPE AND GLORY"([ ]の番号は例によって第3回のリスト参照)以来実に20年ぶり、フランキー・ヴァリとしても[30] "ROMANCING THE '60s"以来5年ぶりである。

この新しいアレンジは、UK鑑賞団体のブログによれば、現在のステージ・バンドのリーダー、ロビー・ロビンソンによるものらしいが、残念ながらボーナストラック扱い(とは書かれていないが)だからなのか、新録についてのきちんとしたクレジットは載せられていない。
Wmwbty_cd1a


Wmwbty_cd1b


Wmwbty_cd2


そして残念ながらいくつかの誤表記が見受けられるが、とりわけフランキー・ヴァリのソロである「Fallen Angel」「You're Ready Now」「Sunny」がフォー・シーズンズ名義になっているのはいただけない。

と思ったら、これは2011年盤でも同様だったようで、UK鑑賞団体のこちらのレビューでもしっかりと指摘されていた。せっかくの再発なのに訂正されないとは、何とも困ったことだ。

肝心の選曲はというと、初期の大ヒット曲にはあまり漏れがないが、60年代後半が薄い。あと、初めてコンピレーションに含まれるようなフランキー・ヴァリのアルバム収録曲がいくつかある一方で、「Swearin' To God」や「Our Day Will Come」が抜けているのが謎。アルバムから選ぶなら「Native New Yorker」あたりを入れて欲しかった。

まあ、似たような選曲のコンピレーションが多いのも確かなので、これはこれで悪くはないが。

(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

July 02, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(18)

1972年5月、ボブ・ゴーディオが自信をもって送り出した[17] "CHAMELEON"([ ]の番号は例によって第3回のリスト参照)への反応は実に乏しいものだった。第14回で書いたようなモーウェストのプロモーション能力の欠如が大きな要因だが、従来からのファンにとっては、フォー・シーズンズの新しいサウンドに対する戸惑いもあったようだ。

確かに「新しい」とは言うものの、フィリップスでの最後のアルバムとなった1970年4月の[16] "HALF AND HALF"、その前後のアルバム未収録シングル曲、1971年の英ワーナーでのシングル「Whatever You Say」「Sleeping Man」、そこから[17]へという変化は唐突なものではなく、むしろ時代の流れに対応した、自然な流れに思える。

もっとも、[16]は残念ながらビルボード・アルバム・チャートで最高位190位(内容は素晴らしく、個人的には彼らの全アルバム中五本指に入ると考えている)、シングルも[16]から同月シングル・カットされた「A Patch Of Blue」の94位を最後にチャート・インが途切れてしまったわけで、世間への浸透という意味ではまったく十分ではなかった。

ゴーディオ自身は、フランキー・ヴァリの個性的な声や独特のコーラスといった、他に替え難い個性を保ちつつ、コンテンポラリーなサウンドに仕上げた一連の作品に自信を持っていたが、周囲の評価が追いつかなかったということだろうか。

そして1972年8月、[17]後初のシングル・リリースとなったのが、5月に録音もしくはミックスが施された「Walk On Don't Look Back」(カップリングは[17]収録の「Sun Country」)。ザ・コーポレーション作、彼らとジーン・ページの共同アレンジによるこの曲は一転して、「Walk Like A Man」や「Rag Doll」など黄金期のフォー・シーズンズ・サウンドをあざといまでに取り込んだものだったが(新しい要素も当然ある)、これもまったく売れなかった。そして、このシングルは結果的に、彼らのモーウェストからの最終リリースとなってしまう(本国ではシングル・カットが見送られた「The Night」などを独自カップリングでリリースしたイギリスでは、モーウェストのレーベルは1975年頃まで使われた)。

モーウェストは2年足らずの間にアルバム10枚とシングル40枚をリリースしたが、ヒットと呼べたのはトム・クレイの「What The World Needs Now Is Love」のみ。このアルバム・ディスコグラフィーを見ても、未発表アルバムの数の多さに唖然としてしまう。

モーウェストにとって、親レーベルであるモータウンとの微妙な関係が大きな足かせとなった。契約から制作までモーウェストの全責任を任されるべくモータウン社長のベリー・ゴーディーにスカウトされたサックス奏者でプロデューサーのデイヴ・ペルは「ベリーはすべてのことに口出ししてきた。一体何のために私を雇ったというのだ?」と憤る。

実際に社内でもモーウェストは、まるで二軍のような扱いを受けていた。当初モーウェストからデビューしたザ・コモドアーズは、セカンド・シングルがR&Bチャート入りしたとたん、モータウンに引き抜かれてしまった。「『モーウェストにはもったいない』なんて話が何度も聞こえてきたよ」とペルは語る。

“ソウルのない、白いモータウン”とみなされたモーウェストは、それに代わる確固たるイメージを打ち出すことができないまま、2年ももたずに1973年春にあえなく閉鎖された。そして、フランキー・ヴァリとフォー・シーズンズはなし崩し的に親レーベルのモータウン専属となる。

正確な月は不明だがこの年、フォー・シーズンズがフィリップスに対して起こしていた訴訟が終わり、彼らは自分たちが録音してきたヴィー・ジェイ~フィリップスのマスターに関する権利を獲得することになった。彼らはこの権利をモータウンに売却しようとしたが、驚いたことに、モータウンはこの貴重な財産にまったく興味を示さなかった!

Longines Symphonette Societyという会社がマスターの貸借権を得て、"THE GREATEST HITS OF FRANKIE VALLI AND THE FABULOUS FOUR SEASONS"という60曲入りのLP4枚組(現物は持っていないので下の写真はネットから拝借)をテレビ通販の形で売り出したところ、最初の5か月で35万セットを売り切った。これが、人々が彼らのサウンドの楽しさを再認識するきっかけの一つとなった。

437014

そして、財政上および健康上の理由で2年ほどリタイアしていたボブ・クルーが、1972年秋からプロデューサー、ソングライターとしてモータウンを新しい舞台に仕事を再開していた。彼こそが、フランキー・ヴァリ/フォー・シーズンズ復活の鍵を握ることになるのである。

(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« June 2012 | Main | August 2012 »