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June 06, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(15)

アルバム"CHAMELEON"に収録された「The Night」など複数の曲をボブ・ゴーディオと共同で、あるいは単独で書いたアル・ルツィッカについて前回、「ゴーディオの代わりにグループ入りしたキーボード奏者」と書いたが、正式メンバーではなくサポート・ミュージシャンだったので訂正しておく。そもそも1970年代前半はメンバーの入れ替わりが激しくて判りにくいので、ここで整理しておこう。

恐らく1969年のことだと思うが、フォー・シーズンズでボルチモアをツアー中、ボブ・ゴーディオはテレビで地元のバンドの演奏を観て興味を持ち、連絡を取る。そのバンドのギタリストがボブ・グリム(Bob Grimm)だった。

ゴーディオは新たに立ち上げたレーベル、ガゼット(Gazette)(CBSのディストリビュートで1969年に1枚、70年に3枚のシングルをリリースしたのみで頓挫)からの第2弾および第3弾としてグリムたちのバンドのシングルをリリース。前者にはライト(Light)、後者にはラックス(Lux)というアーティスト名を使用したが、実質的には同じバンドだった。

バンドはすぐに解散してしまったが、ゴーディオはグリムをフォー・シーズンズのサポート・バンドのギタリストに起用する。フィリップスでの最後の録音となった1970年8月の「Lay Me Down (Wake Me Up)」の後半で歌に絡むハードなギター・ソロやカッティングはグリムによるものだろう。

オリジナル・ギタリスト、トミー・デヴィートの脱退(引退)時期については1970年末とするのが妥当だろうか。1971年1月26日にロンドンのモーガン・スタジオでロイ・シカラのエンジニアリングによって録音された「Whatever You Say」「Sleeping Man」(英ワーナーとのワンショット契約により、当初3月5日リリースと告知されたが実際には9月3日に市場に出た。ヒットはせず、直後に回収されたとの話もある)にはもうデヴィートは参加していない。ギターはもちろんグリムで、録音にも参加した当時のサポート・ドラマーはゲーリー・ヴォルピー(Gary Volpe)である。

フランキー・ヴァリ=ボブ・ゴーディオ=ジョー・ロング=ボブ・グリムというラインナップで1971年2月25日に英BBCの「トップ・オブ・ザ・ポップス」に出演した際の「Let's Hang On!」「I've Got You Under My Skin」の貴重な映像が、"JERSEY BEAT - THE MUSIC OF FRANKIE VALLI & THE 4 SEASONS"のDVDに収められている。

Image468

この写真はその時のもの。左からゴーディオ、ヴァリ、ロング、グリム。

卓越したギタリストだったグリムは、後ろで束ねた長髪、もじゃもじゃの髭面で、フォー・シーズンズのイメージには似つかわしくなかったが、デヴィートの後任を引き受け、9月のUKツアーにも参加。だが他の仕事のオファーもあり、11月には脱退してしまう。

正式に後任となったギタリストはデミトリー・カラス(Demetri Callas)で、彼は1968年にコロンビアからサイケデリック・ポップなシングルをリリースしたフレーヴァー(Flover)というバンドのメンバーだった。

そしてカラスがバンド仲間のキーボード奏者アル・ルツィッカを、そして1972年に入りヴォルピーの後任としてドラマーのポール・ウィルソン(Paul Wilson)を推薦したのだが、ルツィッカ、ヴォルピー同様にウィルソンもサポート・メンバー扱いだった。

一方、ステージ活動からリタイアしたボブ・ゴーディオの後任は、キーボード奏者ではなくギタリストのクレイ・ジョーダン(Clay Jordan)だった(経歴は不明)。1972年3月の時点でザ・フォー・シーズンズのラインナップはフランキー・ヴァリ、ジョー・ロング、デミトリー・カラス、クレイ・ジョーダンとなる。

Chameleon2

5月リリースの"CHAMELEON"に付けられたこのポートレートには、ジョーダンではなくゴーディオの写真が使われた。左から時計回りにヴァリ、ゴーディオ、カラス、ロング。
一方、下のシングル盤のジャケット(現物は持っていないのでネットから拝借)には、ジョーダンが右端に写っている。

Image5501

だがジョーダンはヴォーカル・パートがうまくこなせず、9月には脱退してしまう。続いてルツィッカも脱退し、カラスは新たにボルチモア出身でジェイクというグループのオルガン奏者のビル・デローチ(Bill DeLoach)を推薦した。

ウィルソンもまた家庭の事情から脱退の意思を示したが、これ以上のメンバー・チェンジを望まなかったヴァリから、正式メンバーへの抜擢を打診され了承(サポート・メンバーと正式メンバーとではギャラもかなり違うはずだ)。かくしてフォー・シーズンズは結成以来初めてドラマーを正式メンバーとし、5人組となった。

"JERSEY BEAT"のDVDでは、ヴァリ=ロング=カラス=デローチ=ウィルソンというラインナップで1972年11月25日にロサンゼルス・コロシアムに出演した際の「Dawn (Go Away)」のこれまた貴重な映像を観ることができる。デローチとウィルソンの顔はほとんど判別できないが。

ところがこのラインナップも長くは続かなかった。1973年3月初め、プエルト・リコ巡業中にウィルソンが断りなしに突然辞めてしまったのである。激怒したヴァリは残りの仕事をキャンセルしようとしたが、マネージャーのケン・ロバーツは代役を立てることで乗り切った。

実はこの時期、ヴァリのフラストレーションはたまりまくっていた。胃潰瘍や骨硬化症による難聴に悩まされ、13年間の結婚生活は破局を迎え、グループにゴーディオがいないことにも耐えられなくなっていたのだ。

そして3月25日のニュー・ジャージーでのコンサート中、デローチが喉が痛くてソロ・パートが歌えないと訴えた。ヴァリは観客にこのことを気付かせずに舞台を完璧にこなしたが、ついに楽屋で爆発し、もうグループは解散だと言い放ったのである。

(続く)

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Comments

グループ活動はどうしても方向性とか価値観の相違などで空中分解してしまうんですね。
夫婦も然り・・・。(所詮他人ですから苦笑)
Joe LongはJoe LaBracioとこの頃名前を変えるんですかね~。
The Happeningsのサポート・バンドから加入した人誰でしたか忘れました。

Posted by: とぜんね | June 07, 2012 at 01:19 AM

とぜんねさん、いつもコメントありがとうございます。

> Joe LongはJoe LaBracioとこの頃名前を変えるんですかね~。

その話は初耳です。ジョー・ロングは1975年にやめるまで、そして現在までジョー・ロングのままだと思いましたが。

> The Happeningsのサポート・バンドから加入した人誰でしたか忘れました。

ジョン・パイヴァ(John Paiva)のことでしょうか?

Posted by: さいとう(鳩サブロー) | June 07, 2012 at 01:50 AM

I Wonder Whyの作者はDemitri Callas-Joe LaBracio-Gerry Polci-Lee Shapiroですがこの
Joe LaBracioがJoe Longみたいです。
Rock & Roll Hall of FameにThe Four SeasonsとしてJoe Longの名が入っていないことが話題になりましたがその後どうなったのでしょうか?

Posted by: とぜんね | June 08, 2012 at 12:06 AM

とぜんねさん、ありがとうございます。
そうか、(ジョセフ・)ラブラチオというのは、ジョー・ロングの本名なんですね。
作者クレジットには本名を使用したわけだ。

R&R Hall of Fameの件は、そういえばその後の話は見かけていないような気がします。

Posted by: さいとう(鳩サブロー) | June 08, 2012 at 12:34 AM

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