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April 26, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(10)

(5/8追記:下記セッショングラフィーの新しいセクションの公開により、本記事にはいくつかの修正すべき点が生じた。詳しくは第12回を参照していただきたい)

前々回の続きを書こうと、録音スタジオについて検索していたところ、フォー・シーズンズ情報の宝庫であるThe Four Seasons UK Appreciation Society(以下「UK鑑賞団体」と表記)で詳細なセッショングラフィーの編纂に携わっている一人であるケン・チャーマー氏が、彼らがどの時点で8トラック/16トラック録音に移行したかの推測を、spectropopというフォーラムの掲示板に書いていたのを発見。ということで、氏の文章などをふまえてもう一度整理し直してみる。

第8回で触れた、「Dawn (Go Away)」はアトランティック・スタジオで8トラックで録音されたというボブ・ゴーディオの記憶が正しかったとして、フォー・シーズンズがそれ以降ストレートに8トラック録音に移行したわけではないはずだ。1958年に8トラックレコーダーが導入されたアトランティック・スタジオは極めて例外的であって、大方のスタジオでの8トラックレコーダー導入は、1966年に3Mが、1967年にアンペックスがそれぞれ大量生産し始めたあたりからと考えるのが自然だからである。

では、フォー・シーズンズはレコーディングにどのスタジオを使用していたのか。[01]([ ]の番号は例によって第3回のリスト参照)から[11]まで、[06]を除くすべてのアルバムには、録音エンジニア及びスタジオ(所在地はすべてニューヨーク)の名前が記載されている(ライヴ盤と称した[10]にはエンジニア名のみ記載)。これらのアルバム収録曲の中には、記載されたエンジニア/スタジオ以外の録音も一部含まれていることが判明しているので(例えば「Sherry」)、他の資料と付け合せながら録音順に整理してみよう。

※エンジニア(E)とスタジオ(S)名は以下の略号で表記した。
(E):GC=Gordon Clark、TD=Tom Dowd、LS=Lenny Stea、BM=Bill MacMeekin
(S):BS=Bell Sound Studios、MS=Mirasound Studios、SP=Stea-Philips Recording Studios、AR=Atlantic Recording Studios、AS=Allegro Sound Studios、OS=Olmstead Sound Studios

●1961年11月 (E):? (S):BS
「Bermuda」「Spanish Lace」
●1962年4月? (E):? (S):MS
「Sherry」
●1962年夏~1963年夏 (E):GC (S):SP
「Sherry」および[10]以外のVee-Jay録音全曲
●1963年11月20日 (E):TD (S):AR
「Dawn (Go Away)」「No Surfin' Today」
●1964年1月 (E):GC (S):SP
「No Surfin' Today」以外の[05]全曲
●1964年2月 (E):? (S):?
「Dawn (Go Away)」以外の[06]全曲
●1964年4月 (E):LS (S):AS
「Rag Doll」
●1964年2月~8月 (E):GCまたはTD (S):SPまたはAR
「Rag Doll」以外の[07]全曲
●1964年9月 (E):GC (S):SP
「Little Angel」「Big Man In Town」
●1964年11月~1965年4月 (E):BM (S):OS
「Little Angel」「Big Man In Town」以外の[08]全曲、「Toy Solder」「Girl Come Running」
●1965年7月 (E):TD? (S):AR
「The Sun Ain't Gonna Shine (Anymore)」「This Is Goodbye」(Frankie Valli)
●1965年8月 (E):BM (S):OS
「Let's Hang On」
●1965年9月 (E):GC (S):SP
[09]、「Sassy」(The Wonder Who?)
●1965年11月 (E):GCまたはBM (S):SPまたはOS
[11]
●1965年11月頃 (E):? (S):?
「(You're Gonna) Hurt Yourself」(Frankie Valli)、「Night Hawk」(The Valli Boys)

ちなみに、最後のザ・ヴァリ・ボーイズというのは、フランキー・ヴァリのシングルB面のインストゥルメンタル・ナンバーに便宜上付けられたアーティスト名。この「Night Hawk」と、ザ・ワンダー・フー?名義のやはりインスト曲「Sassy」は、いずれも正規にはCD化されていない。

上記データによれば、オルムステッド・サウンド・スタジオを使用するようになったのは1964年11月以降となるが、ボブ・ゴーディオは、同年4月のツアー前日に「Rag Doll」を急遽録音することになった時、「アトランティック・スタジオやオルムステッド・サウンドも含めて、普段使っているどのスタジオにも入ることができなかった」と述懐している。とすると、データが記載されていない1964年2月の[06]用セッションはオルムステッドで行なわれた可能性もある。

ライヴではなく実際にはスタジオ録音の[10]はエンジニアがビル・マクミーキンとなっているので、これもオルムステッドで録音されたものと考えるのが妥当だろう。[10]の録音年をUK鑑賞団体のセッショングラフィーでは1963年と推測している。

彼らは1965年までは、主にステア=フィリップス・スタジオとオルムステッド・サウンド・スタジオを、そして時折アトランティック・スタジオを使用し、あとは状況に応じて他のスタジオを、といった感じで使い分けていたようだ。冒頭にも書いたように、そしてチャーマー氏も推測している通り、アトランティック・スタジオ以外にはこの時点まで8トラック・レコーダーは導入されていない。

そして、1966年1~2月頃録音のフランキー・ヴァリの「You're Ready Now」「Cry For Me」、3月録音のフォー・シーズンズの「Opus 17 (Don't Worry 'Bout Me)」(この3曲のエンジニアとスタジオについては、私はまだ把握できていない。チャーマー氏は「Opus 17」を8トラック録音と推測しているようだが)を経て、7月録音の「I've Got You Under My Skin(君はしっかり僕のもの)」に至る間に、彼らはレコーディングの本拠地をミラサウンド・スタジオに移し、ジョージ・ショワラーのエンジニアリングによる8トラック録音に移行したのである。

かつて彼らが「Sherry」を録音したミラサウンド・スタジオは、1966年にはアンペックスの8トラック・レコーダーを導入し、ニューヨークでも最新鋭のスタジオとなっていた。そして何と1967年秋には世界に先駆けて、アンペックスの16トラック・レコーダーを導入したのである。当時の様子はアンペックスのこちらの資料で確認できる。

フォー・シーズンズ/フランキー・ヴァリがどの時点で16トラック録音を開始したのかははっきり書かれていないが、ここで思い当たるのが、第7回で予測した、4トラック録音から8トラック録音への意向時期だ。これを8トラック録音から16トラック録音へ、と置き換えれば、時期的にはほぼ一致するのではないだろうか。

チャーマー氏は別の書き込みでジョージ・ショワラーのこんな発言を引用している。

「私の記憶が正しければ、私たちは8トラックの装置を67年の初めに手に入れ、16トラックもやはり67年に導入した。"I've Got You Under My Skin"は16トラックで作って…、同じ一連のセッションでは"My Mother's Eyes"とかいくつかの曲もやったな。ザ・プラターズがいつ"With This Ring"を録音したかが参考になるなら…あれが16トラックで録られたごく最初だった…あのセッション当時はそれ1台しか機械がなくて…それが16トラック事始めじゃないかな」

前述のとおり、「I've Got...」は1966年7月録音だから16トラックではありえないし、ヴァリの「My Mother's Eyes」([13]に収録)の録音は1967年5月で時期も離れている。プラターズの「With This Ring」は1967年2月頃の発売。残念ながら、どこからみても彼の記憶は「正しくない」ことになってしまった。

(続く)

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April 23, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(9)

前回からの続きは次回以降に回すとして、今回は告知めいたことを少し。

私は行ったことはないが、店名がザ・ビーチ・ボーイズの名盤に由来する東京・武蔵小山のPET SOUNDS RECORDは、ポップス好きにはよく知られたレコード店で、店長の森勉氏はライターとしてもお馴染みだ。森氏はザ・フォー・シーズンズについても「ぼくらのフォー・シーズンズ」という素敵な文章を書かれている。

そのペット・サウンズ・レコードのビルの地下にあるLive Cafe Againというお店で、こんなイベントの告知がされているのを見つけた。

  5.11(金)
  音楽&トーク・イベント「Good Old Boys」
  出演:水上徹/高瀬康一、ゲスト:しまMOON(フォー・シーズンズ愛好家)
  テーマ:ザ・フォー・シーズンズ・ナイト!「SHERRY」50周年を勝手に祝う会
  Open:19:00 / Start:19:30
  入場料:1,000円

しまMOONさんというのは、20年前のレコード・コレクターズのフォー・シーズンズ特集で原稿を書かれていたうちの一人。これはぜひとも行ってみなければ。

久々の国内盤CDの発売も決まったようだ。『ヴェリー・ベスト・オブ・フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズ』(WPCR-14489)がそれで、6月13日にワーナーミュージック・ジャパンからリリースされるオールディーズ・ベスト盤コレクション・シリーズの1枚だが、メーカーのサイトにはまだ情報がなく、現時点でシリーズの全タイトルが一望できるのは新星堂のサイトのみ。

他のアーティストはピーター・ポール&マリー、イングランド・ダン&ジョン・フォード・コーリー、ジム・クロウチ、ロボというラインナップ。いずれも日本編集ではなく、1990年代~2000年代のバラバラな時期にライノ/WEAからリリースされていたものの国内仕様のようだ。1970年代にヒット曲をリアルタイムで聴いたED&JFCやジム・クロウチ、ロボが“オールディーズ”という括りで扱われるのは何だかなぁ、という感じではあるが。

ED&JFCのベストは「I'd Really Love To See You Tonight(秋風の恋)」以下1970年代後半のビッグ・トゥリー音源からの編集だが、今回の日本盤にはA&M原盤である1972年の「Simone(シーモンの涙)」がボーナス・トラックとして収録されるようで、これは嬉しい配慮だ(他の4タイトルはボートラなし)。個人的にはこの曲が彼らでは一番好きなのだが、当時アメリカ合衆国本国ではまったく話題にならず、日本のみでのヒットだったというのが意外。

話がそれた。フランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズの盤は、2001年9月に欧州で出た"THE DEFINITIVE FRANKIE VALLI & THE FOUR SEASONS" (WEA 8122-73555-2)と同内容。彼らの場合、1960年代のグループでの大ヒット曲の数々をメインに、ヴァリがソロで放ったヒット曲や1970年代のグループ/ソロでのヒット曲を加えた形の編集盤が、似たような内容で数多く出ているが、解説・歌詞・対訳付は一つのポイントになるだろう。

全米36位が最高の「New Mexican Rose」(1963年)のような渋めの佳曲が含まれる一方、「Save It For Me」「Opus 17 (Don't Worry 'Bout Me)」「Beggin'」「C'mon Marianne」といった1960年代中~後期の胸のすくようなヒット曲の数々がオミットされているのは惜しい。ヴァリのソロ曲でも、オリジナル・リリースが1966年ながら1970年代末から71年初頭にかけてイギリスで突然ヒットした「You're Ready Now」が収録される半面、1970年代の楽曲が「My Eyes Adored You(瞳の面影)」「Grease」の2曲だけというのは少し寂しい。

もっとも、CD1枚に収めようとすれば誰もが満足できる内容にならないのは仕方のないことで、彼らのヒット曲をきちんとフォローしようとすれば最低でも2枚組は必要だろうから、1枚ものでという条件を考えれば文句はないし、日本盤で出る意義はもちろん小さくはない。

邦題は発売当時のものを踏襲しているが、かつて「雨に言っておくれ」の邦題が付いていた「Tell It To The Rain」のみカタカナ表記のままになっているのは、チェック漏れか?

なお、私はこの盤(輸入盤)は持っていないが、「New Mexican Rose」「Dawn (Go Away)」「Rag Doll」「Girl Come Running」「Let's Hang On」の5曲はモノラルでの収録とのことだ。また今回の日本盤は最新リマスタリングと書かれているが、新たに手が加えられているのかどうかは不明。

(続く)

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April 20, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(8)

前回書いた、ザ・フォー・シーズンズ/フランキー・ヴァリの録音における4トラックから8トラックへの移行の時期については、はっきりと記述されたものを見つけたわけではなく、音を聴いたり当時の一般的な状況を調べたりした上での総合的な判断だったが、こちらにアップされている録音スタジオでのヴァリの写真の何枚かにアンペックスの8トラック・レコーダー(の一部分)が写っているのに気付いた。一連の写真についてここでは「60年代、ニューヨークのMira Sound Studiosでのセッションにて」としか記されていないが、1967年から1968年前半にかけての間に撮られたものと思われる。撮影したのはエンジニアのジョージ・ショワラー。

このページ(part 3)
の一連の写真の一番下は右がボブ・ゴーディオ、左がボブ・クルーだが、下から3番目の写真の黒人ドラマーは誰だろう。60年代のフォー・シーズンズを支えたセッション・ドラマーはバディー・サルツマン(Buddy Saltzman)で、part 1の上から3番目に大きく写っている。

このページの一番下のモノクロ写真はメンバーのベーシスト、ジョー・ロングだが、そのすぐ上の写真の、不思議な形のギターを弾くセッション・マンが目に留まった。調べてみるとこのギタリストはヴィニー(ヴィンセント)・ベル(Vinnie Bell)といって、その筋では有名な人だった。

弾いていたのはエレクトリック・シタールで、しかも彼は1967年にこの楽器を発明した張本人だった。それ以前にも1961年にギリシャの弦楽器であるブズーキ(4コース8弦)を電化して12弦にしたベルズーキ(bellzouki)(シングルネックの12弦エレクトリック・ギターとしては世界初らしい)を開発しダンエレクトロ社から発表するなど、いくつものオリジナルなエレクトリック・ギターを手がけ、エフェクトを多用した震えるような独特のサウンドは"watery"、つまり水の中にもぐったようなサウンドと形容された。

ヴィニー・ベルはいかにもモンドなインスト・アルバムも何枚かリリースしているが、本来はセッション・ギタリストであり、数多くのヒット曲やジングル、映画音楽などに参加している。彼とは知らずに多くの人が耳にしていたものには、例えば1990年代に人気を博したTVドラマ・シリーズ『ツイン・ピークス』のテーマ音楽(作曲はアンジェロ・バダラメンティ)などがある。あの印象的な低音の響きがそうだったのだ。意外(?)なところでは、ボブ・ディラン1976年の"DESIRE"(欲望)に、ベルズーキ奏者としてしっかりクレジットされている。

1967年のフォー・シーズンズにエリクトリック・シタールの音が入っている曲があったかなと、改めて聴き直してみたところ、前回、初の8トラック録音ではないかと推測した「Will You Love Me Tomorrow」(1967年12月録音)に、隠し味的に入っていた。[12]([ ]の番号は例によって第3回のリスト参照)収録の「Good-Bye Girl」(同年4月録音)にも入っているように聞こえる。

ネットでヴィニー・ベルのwateryサウンドをいくつか聴きながら、ふと思い当たったのが、[01]収録の「Teardrops」(1962年夏録音)で、イントロで特徴的なギターがたっぷり味わえる。実際にベルはヴィー・ジェイ時代以来フォー・シーズンズの数多くのレコーディングに参加しているようで、フランキー・ヴァリの「君の瞳に恋してる」の歌いだし、♪You're just too good to be true~ の後、ウラで2回、ンチャ、ンチャと入るギターの音などもそのようだ。

ヴィニー・ベルの話が長くなってしまったが、ほかのページも眺めていくと、ギターのエリック・ゲイル(part 2の一番下の4枚。隣のベーシストはチャック・レイニーか?)、女性コーラス隊(左からヴァレリー・シンプソン、ジーン・トーマス、エリー・グリニッチ、ミキ・ハリス)(part 2の上から4番目)などの顔も見える。

話を戻して、彼らの録音が8トラックに移行したのは1967年秋からと推測したわけだが、1964年4月のある日曜日に録音された「Rag Doll」の制作秘話的なこちらの記事で、アトランティック・スタジオでトム・ダウドがエンジニアを務めた「Dawn (Go Away)」から8トラック録音に移行していてうんぬんという内容のボブ・ゴーディオの述懐が引用されていて驚いてしまった。

確かにウィキペディアのHistory of multitrack recordingの項を見ると、アトランティックにアンペックスの8トラック・レコーダー5258が納入されたのは1958年初めとある。他のスタジオが3トラックや4トラックどころか、ようやく2トラックで録音していたような時代に、である。そしてトム・ダウドが録音技術の発展に寄与したこともよく知られているが、果たして本当に8トラックで録音されたのだろうか。

このゴーディオのコメントに対して、ライノが1987年にLPとカセットでリリースした(CDは翌88年発売)フォー・シーズンズの"25th ANNIVERSARY COLLECTION"のライナーには「Ronnie」のエンジニアがトム・ダウドで「Dawn」はゴードン・クラーク(スタジオはStea-Philips)と書かれているので、ゴーディオの記憶違いではないか、という指摘もあるようだ(私はこのボックスは持っていないので未確認)。(4月21日追記:このボックスをお持ちだったJDさんからの下記のコメントにあるように、ブックレットにそのような記述はないとのことなので、この部分は一応消しておく)

前回紹介した"EDIZIONE D'ORO (GOLD EDITION)"でステレオ化された「Dawn」はクリアなサウンドで、バディ・サルツマンの見事なドラミングなども堪能できる。だが、録音時のエンジニアがトム・ダウドだったとしても、このステレオ・ミックスを手がけたのは彼ではないことになるわけだが。

もうひとつ、よくわからないのが、ディスコグラフィーでは「Dawn」と同日録音とされているカップリング曲の「No Surfin' Today」([05]収録)の音質がよくないことで、波の音のSEがかぶせられたこの曲のステレオ・ヴァージョンは存在しない。少なくともこの曲が8トラック録音とは考えられないのだ。

(4/26追記:第7回と同様、この回の記載内容も第10回で大きく補足されているので、併せてお読みいただきたい)

(続く)

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April 11, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(7)

(4/26追記:この回で推測した4トラック録音から8トラック録音への移行は、実際には8トラック録音から16トラック録音への移行と捉えるべきだったようだ。詳しくは第10回の記事を参照していただきたい)

1968年6月に発売されたフランキー・ヴァリ2枚目のソロ・アルバム[14]([ ]の番号は例によって第3回のリスト参照)は、フォー・シーズンズを含めて初のステレオ盤のみでのリリースとなった。これは、このアルバムの制作途中で4トラック録音から8トラック録音へと切り替わった(と思われる)のと無関係ではないだろう。

エース盤CDに掲載されたディスコグラフィーなどを参考に耳で判断した限りでは、ヴァリの「I Make A Fool Of Myself(内気な恋心)」/「September Rain (Here Comes The Rain)」(Philips 40484)(1967年6月頃録音、8月10日発売、A面はオリジナル・アルバム未収録、B面は後述する別ヴァージョンが[14]に収録)、続くフォー・シーズンズの「Watch The Flowers Grow」/「Raven」(40490)(9月録音、10月9日発売、共にオリジナル・アルバム未収録)までが4トラック録音で、1967年秋録音としか書かれていないヴァリの「Donnybrook」(11月に[13]収録の「My Funny Valentine」とのカップリング、40500の番号でリリース予定だったが、米国ではアセテート盤が作られただけで終わり、カナダのみでリリースされたらしい。後に[14]に収録)以降、「To Give (The Reason I Live)」/「Watch Where You Walk」(40510)(11月頃録音、12月6日発売、共に[14]に収録)、グループの「Will You Love Me Tomorrow」(40523)(12月録音、1968年2月8日発売、オリジナル・アルバム未収録、カップリングは[12]収録曲)と続くところから8トラック録音に移行したと思われる。残りの[14]収録曲は1968年冬から6月にかけて録音され、合間の4月にはフォー・シーズンズの「Saturday's Father」(40542)(6月3日発売、後に[15]に収録)も録音されている。

ヴィー・ジェイでの初録音「Sherry」(ニューヨークのMirasound Studioでの1962年4月頃の録音)以来(いや、恐らくはそれ以前の1961年11月にBell Sound Studioで録音された「Bermuda」「Spanish Lace」から)長く続いてきた彼らの4トラック録音では、ステレオ・ヴァージョンは概ね、左チャンネルにリズム・セクションなど、センターにリード・ヴォーカル、右チャンネルにコーラスや重ね録りされた楽器などが配置されるという形だった。だから、録音にもよるが、モノラルで聴く方が自然な場合が多い。それが8トラック録音になると、パノラマ的なステレオ・イメージが自然に広がるようになる。

もっとも、彼らのみならず、8トラック録音に切り替わっていった時点でも、欧米ではシングルは基本的にモノラルのみでリリースされていた。これはAMラジオでのエアプレイ、ジュークボックスでの再生、LPを買えない若年層や低所得層でもポータブルのプレイヤーなどで聴ける、などさまざまな理由があっただろう。レーベルによって多少の差はあるが、シングル盤がステレオ化されていくのはだいたい1970年前後からである(もちろん日本では事情が異なり、1960年代からステレオ・マスターが存在するものは基本的にステレオでリリースされた)。

いずれにしても4トラック録音の時代、モノラル・マスターの制作は必須だったが、トラック数の限界から、最終的にモノラルにミックスダウンする際に最後のダビングを同時に行なう場合があり、この場合ミックス前のマルチトラック・マスターには、その最後に加えられた音は存在しないことになる。

例えば、1967年に録音されたザ・ゾンビーズの傑作"ODESSEY & ORACLE"に収録されている「This Will Be Our Year」の場合は、最後のモノラル・ミックスの際にブラス・セクションの音が加えられ、ステレオ盤LPにはそのモノラル・マスターを電気的に処理した擬似ステレオで収められた(大変なプレミア付きのオリジナル盤を確認したわけではない)。1997年のCD4枚組"ZOMBIE HEAVEN"には、オリジナルのモノラル・ヴァージョンと未発表だったブラス抜きのリアル・ステレオ・ヴァージョンとが収められ、ブックレットの解説でそのあたりの詳しい事情が明らかにされていた。

先に挙げたフランキー・ヴァリの「September Rain (Here Comes The Rain)」も似たようなケースで、シングル(モノラル)ではイントロとコーラス部分にヴァリ自身によるハーモニー・ヴォーカルが聴けるが、アルバム[14](ステレオ)ではカットされていた。いや、正しくはステレオ・ヴァージョンは、このハモリを付ける前の状態でのミックスのはずだ。

この貴重なモノラル・シングル・ヴァージョンは1990年にライノがリリースしたFRANKIE VALLI & THE 4 SEASONS "RARITIES, VOL. 2" (Rhino R2 70974)で聴けるが、スティーヴ・コランジャン氏はライナーで、ハーモニー・ヴォーカルの欠如を残念がっていた。

そのほか、ザ・フォー・シーズンズおよびフランキー・ヴァリの4トラック録音の中にはリアル・ステレオ・ヴァージョンが存在していなかった曲がいくつかあり、ステレオ盤LPには擬似ステレオもしくはモノラルで収められた(私はLPはモノラル盤で揃えたので、現物は未確認だが、“ステレオ”と銘打ってある以上ほとんどが前者だろう)。それらはエース盤CDにはモノラルで収録されているが、他の復刻CDも同様のはずだ。そして実は、それらの中でも重要なシングル曲のステレオ化が試みられたことがあったのだ。

1968年12月、[14]に続くステレオ盤のみのリリースとして、ヴィー・ジェイ時代以来のザ・フォー・シーズンズのキャリアを集大成した2枚組ベスト・アルバム"EDIZIONE D'ORO (GOLD EDITION)" (Philips PHS 2-6501)が登場した。
初回盤はこんな感じのキラキラした豪華なジャケットで、私のにはもう付いていなかったが1969年度のカレンダーを兼ねた両面刷りポスター付だった。
Oro1

1975年の復活以前では最後にビルボード・シングル・チャートのベスト30入りを果たした「Will You Love Me Tomorrow」(最高24位。前述の通りグループ初の8トラック録音、のはず)まで、B面曲の一部を含むシングル曲全29曲を収録。うち24曲がビルボードで30位以内、13曲が10位以内に入り、4曲が第1位を獲得している。ヴァリのソロは含まれないが、変名のザ・ワンダー・フー?(The Wonder Who?)名義で発表され12位を記録した「Don't Think Twice」(ボブ・ディラン「くよくよするなよ」のカヴァー。別名義のまま[09]にも収録)を含んでいる。
下の写真はゲートフォールド・ジャケットの内側。
Oro2

メンバーがツアー中で不在のため、単独でこのシングル・コレクションの編集にあたったプロデューサーのボブ・クルーは、それまでモノラル・マスターしか存在していなかった曲にもステレオ・ミックスを施そうとしたのである。

収録されたシングル曲で該当するのは次の5曲。
Ain't That A Shame(悪いのはあなた) 1963年2月録音、[04]収録
Dawn (Go Away)(悲しき朝やけ) 1963年11月20日録音、[06]収録
Ronnie 1964年2月録音、[07]収録
Girl Come Running 1965年4月録音、オリジナル・アルバム未収録
Let's Hang On 1965年8月録音、オリジナル・アルバム未収録

このうち、ステレオ化することで「September Rain (Here Comes The Rain)」のような形で音が欠けてしまったのは、実は「Ain't That A Shame」1曲だけで、ニック・マッシの低音ヴォーカル・パートとエンディング前のヴァリのハイトーン・ヴォイスが消えている。

「Dawn (Go Away)」と「Let's Hang On」は、いずれもスローな導入部から一転してアップテンポな本編へとなだれ込む曲だが、それぞれ導入部がカットされ、「Dawn (Go Away)」ではその本編の頭に、オリジナルになかったコーラスが付け加えられている。そして「Girl Come Running」もまた、冒頭にコーラスが加えられた別ヴァージョンになっている。これはどういうことなのだろうか。

一方、もともとステレオ・ヴァージョンが存在していた「Big Man In Town」にもヴォーカルに深いリバーブが掛けられるなど、ちょっとしたヴァージョン違いがいくつか生まれている。ただし、どの曲にどのように手が加えられたか、盤には一切表記がない。

「Ronnie」だけはステレオ化ができず、擬似ステレオでの収録となっている。ジャケットの曲目一覧の下には†Electronically Re-recorded to Simulate Stereoの表記があるが、この†印を「Ronnie」に付けるはずが、誤って「Dawn (Go Away)」に付いてしまっているのはご愛嬌というべきか。

フィリップスによるマルチトラックのマスター・テープの管理はかなりずさんだったようで、一部が既に紛失していることがこの時発覚したとのことだが、この曲などがそうだったのだろうか。いずれにしても、マルチトラックのマスターまで遡って「決定盤」に仕上げようとしたボブ・クルーの目論見は完全にではないにせよ外れ、そのことでメンバーのフィリップスに対する不信感が生じたのではないか。

経緯についての詳しい資料がまだ見つかっていないが、またもやフォー・シーズンズは、今度はフィリップスに対し訴訟を起こしていたようで、1973年にはフィリップスのすべてのマスターテープの権利を獲得することになるのだが、その話は次回以降に。

1990年代、ライノやエースのCDのマスタリングを担当したエンジニアのビル・イングロットは、ポリグラムの保管庫を何度も確認したが、マルチトラック・マスターは存在していないか、少なくとも見つけることができなかったことを明らかにしている。そしてフランキー・ヴァリやボブ・ゴーディオの手元にもそれらは残されていないのだった。

(続く)

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April 05, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(6)

前回、「ヴァリとゴーディオは自分たちの過去の音源を、レコード会社ではなく自分たちで管理できる状態にしている」と書いたが、そこに至るまでには紆余曲折があった。細かくなるが、そのあたりをもう少し突っ込んで整理していってみよう。

なお、記載にあたりThe Vee-Jay Story, Page 3などを参考にした。

1962年後半から63年初頭にかけて「シェリー」「恋はヤセがまん Big Girls Don't Cry」「恋のハリキリ・ボーイ Walk Like A Man」の3曲を続けざまに全米シングル・チャートの第1位に送り込むなど快進撃を続け、シカゴのヴィー・ジェイ・レコードのドル箱スターとなったザ・フォー・シーズンズだが、ヴィー・ジェイは財務上の問題を抱え、グループに対する印税の不払いから、1963年8月には訴訟問題に発展してしまう。

実際にはフォー・シーズンズとヴィー・ジェイは直接契約しておらず、グループは彼らのプロデューサー、ボブ・クルーの経営するジーニアス社と契約し、この会社がヴィー・ジェイと契約していたため、グループはプロデューサーを訴え、プロデューサーがレーベルを訴える形となった。11月、今度はヴィー・ジェイ側が、録音を終えていた最新シングル「悲しき朝やけ Dawn (Go Away)」のマスターの引渡しをグループが拒否したとして、逆に訴訟を起こす。

裁判の結果、「悲しき朝やけ」以降の録音はマーキュリー社のフィリップス・レーベルから新たに発売されることになったが(第1弾の"Dawn (Go Away) / No Surfin' Today" (Philips 40166)は1964年1月10日に発売され、全米チャートで第3位まで上昇)、過去のヴィー・ジェイ録音の権利は、そのままヴィー・ジェイに残されることになった。更に、グループは新しいアルバムをもう1枚ヴィー・ジェイに提供することが、和解条項の一つとして盛り込まれた。

ヴィー・ジェイに残されたアルバムは[1]~[4](第3回のリスト参照)だが、1963年8月発売の初のベスト・アルバム"GOLDEN HITS OF THE 4 SEASONS" (LP 1065/SR 1065)には、過去のアルバムに含まれない曲が4曲収録されていた。「あの日の涙 I've Cried Before」と「コニー・オー Connie-O」はそれぞれ「シェリー」「恋はヤセがまん」のB面、「シルバー・ウィングス Silver Wings」と「スターメーカー Starmaker」は、このベスト盤で初登場した曲である。ヴィー・ジェイにはこれ以外にアルバム未収録曲はない。

なお、このベスト盤にはミックス違いが含まれていることが、JDさんのブログ「analog Beat」内のエントリー「Golden Hits of the 4 Seasons (Vee Jay SR-1065) その2」で明らかにされているので、参照されたい。

ヴィー・ジェイは1964年のうちに"FOLK-NANNY"(すぐに"STAY & OTHER GREAT HITS"と改題)、"MORE GOLDEN HITS OF THE 4 SEASONS"、"GIRLS GIRLS GIRLS - WE LOVE GIRLS"と3枚もの編集盤を出したほか、1966年初頭までの間に過去の音源を次々にシングル・カット、いくつかはチャート・インも果たし、フィリップスからの新録音と並んで市場を賑わせた。

ヴィー・ジェイと言えば、アメリカ合衆国で最初にザ・ビートルズのLPをリリースしたレーベルとしてもマニアには知られているが("INTRODUCING THE BEATLES"、1964年1月発売)、当然とは言え、その権利はキャピトルに持っていかれてしまう。

ちなみに1964年9月に発売された"THE INTERNATIONAL BATTLE OF THE CENTURY: THE BEATLES VS THE FOUR SEASONS" (DX30 / DXS30)は、"INTRODUCING THE BEATLES"と"GOLDEN HITS OF THE 4 SEASONS"を、中身(盤)はレコード番号も同じまま抱き合わせた2枚組で、現在ではとんでもないプレミアが付いてしまっている。

ヴィー・ジェイにとって、この二つの人気グループの権利を失ったことは大きな痛手となり、(それだけが原因ではないだろうが)1966年に倒産してしまう(その後ヴィー・ジェイは別の形で復活)。倒産前の1965年11月にヴィー・ジェイが最後に出したLPが、ザ・フォー・シーズンズの[10]だった。これが、先ほど書いた、裁判の和解条項によりグループ側から(というよりボブ・クルーからと言うべきか)提供された「新しいアルバム」だが、以前にも触れたように、これはスタジオ録音に拍手などをかぶせた偽のライヴ盤で、正確な録音時期は不明ながら1962年から65年までの幅広い期間にまたがっているようだ。ここからは「リトル・ボーイ Little Boy (In Grown Up Clothes)」がシングル・カットされたが、面白いことに拍手のないヴァージョンとなっていた。

そしてヴィー・ジェイからの最終リリースとなったのが1966年3月のシングル"Stay / My Mother's Eye" (VJ 719)で、B面は[10]からのカットだった。そして倒産に伴いヴィー・ジェイ音源の権利はフィリップスに引き継がれ、同年11月、「シェリー」などヴィー・ジェイ時代のヒット曲9曲と、その年に(もちろんフィリップスから)出たシングル3曲(「オパス・セブンティーン Opus 17 (Don't Worry 'Bout Me)」と「君はしっかり僕のもの I've Got You Under My Skin」はオリジナル・アルバム未収録)とをコンパイルした"2ND VAULT OF GOLDEN HITS" (Philips PHM 200-221 / PHS 600-221)、ヴィー・ジェイのアルバム収録曲から新たに編集した"LOOKIN' BACK" (PHM 200-222 / PHS 600-222)、そして以前も紹介した[2]の再発である"THE 4 SEASONS' CHRISTMAS ALBUM" (PHM 200-223 / PHS 600-223)の3タイトルが同時に発売されたのである。

(続く)

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