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April 05, 2012

フランキー・ヴァリとザ・フォー・シーズンズ(6)

前回、「ヴァリとゴーディオは自分たちの過去の音源を、レコード会社ではなく自分たちで管理できる状態にしている」と書いたが、そこに至るまでには紆余曲折があった。細かくなるが、そのあたりをもう少し突っ込んで整理していってみよう。

なお、記載にあたりThe Vee-Jay Story, Page 3などを参考にした。

1962年後半から63年初頭にかけて「シェリー」「恋はヤセがまん Big Girls Don't Cry」「恋のハリキリ・ボーイ Walk Like A Man」の3曲を続けざまに全米シングル・チャートの第1位に送り込むなど快進撃を続け、シカゴのヴィー・ジェイ・レコードのドル箱スターとなったザ・フォー・シーズンズだが、ヴィー・ジェイは財務上の問題を抱え、グループに対する印税の不払いから、1963年8月には訴訟問題に発展してしまう。

実際にはフォー・シーズンズとヴィー・ジェイは直接契約しておらず、グループは彼らのプロデューサー、ボブ・クルーの経営するジーニアス社と契約し、この会社がヴィー・ジェイと契約していたため、グループはプロデューサーを訴え、プロデューサーがレーベルを訴える形となった。11月、今度はヴィー・ジェイ側が、録音を終えていた最新シングル「悲しき朝やけ Dawn (Go Away)」のマスターの引渡しをグループが拒否したとして、逆に訴訟を起こす。

裁判の結果、「悲しき朝やけ」以降の録音はマーキュリー社のフィリップス・レーベルから新たに発売されることになったが(第1弾の"Dawn (Go Away) / No Surfin' Today" (Philips 40166)は1964年1月10日に発売され、全米チャートで第3位まで上昇)、過去のヴィー・ジェイ録音の権利は、そのままヴィー・ジェイに残されることになった。更に、グループは新しいアルバムをもう1枚ヴィー・ジェイに提供することが、和解条項の一つとして盛り込まれた。

ヴィー・ジェイに残されたアルバムは[1]~[4](第3回のリスト参照)だが、1963年8月発売の初のベスト・アルバム"GOLDEN HITS OF THE 4 SEASONS" (LP 1065/SR 1065)には、過去のアルバムに含まれない曲が4曲収録されていた。「あの日の涙 I've Cried Before」と「コニー・オー Connie-O」はそれぞれ「シェリー」「恋はヤセがまん」のB面、「シルバー・ウィングス Silver Wings」と「スターメーカー Starmaker」は、このベスト盤で初登場した曲である。ヴィー・ジェイにはこれ以外にアルバム未収録曲はない。

なお、このベスト盤にはミックス違いが含まれていることが、JDさんのブログ「analog Beat」内のエントリー「Golden Hits of the 4 Seasons (Vee Jay SR-1065) その2」で明らかにされているので、参照されたい。

ヴィー・ジェイは1964年のうちに"FOLK-NANNY"(すぐに"STAY & OTHER GREAT HITS"と改題)、"MORE GOLDEN HITS OF THE 4 SEASONS"、"GIRLS GIRLS GIRLS - WE LOVE GIRLS"と3枚もの編集盤を出したほか、1966年初頭までの間に過去の音源を次々にシングル・カット、いくつかはチャート・インも果たし、フィリップスからの新録音と並んで市場を賑わせた。

ヴィー・ジェイと言えば、アメリカ合衆国で最初にザ・ビートルズのLPをリリースしたレーベルとしてもマニアには知られているが("INTRODUCING THE BEATLES"、1964年1月発売)、当然とは言え、その権利はキャピトルに持っていかれてしまう。

ちなみに1964年9月に発売された"THE INTERNATIONAL BATTLE OF THE CENTURY: THE BEATLES VS THE FOUR SEASONS" (DX30 / DXS30)は、"INTRODUCING THE BEATLES"と"GOLDEN HITS OF THE 4 SEASONS"を、中身(盤)はレコード番号も同じまま抱き合わせた2枚組で、現在ではとんでもないプレミアが付いてしまっている。

ヴィー・ジェイにとって、この二つの人気グループの権利を失ったことは大きな痛手となり、(それだけが原因ではないだろうが)1966年に倒産してしまう(その後ヴィー・ジェイは別の形で復活)。倒産前の1965年11月にヴィー・ジェイが最後に出したLPが、ザ・フォー・シーズンズの[10]だった。これが、先ほど書いた、裁判の和解条項によりグループ側から(というよりボブ・クルーからと言うべきか)提供された「新しいアルバム」だが、以前にも触れたように、これはスタジオ録音に拍手などをかぶせた偽のライヴ盤で、正確な録音時期は不明ながら1962年から65年までの幅広い期間にまたがっているようだ。ここからは「リトル・ボーイ Little Boy (In Grown Up Clothes)」がシングル・カットされたが、面白いことに拍手のないヴァージョンとなっていた。

そしてヴィー・ジェイからの最終リリースとなったのが1966年3月のシングル"Stay / My Mother's Eye" (VJ 719)で、B面は[10]からのカットだった。そして倒産に伴いヴィー・ジェイ音源の権利はフィリップスに引き継がれ、同年11月、「シェリー」などヴィー・ジェイ時代のヒット曲9曲と、その年に(もちろんフィリップスから)出たシングル3曲(「オパス・セブンティーン Opus 17 (Don't Worry 'Bout Me)」と「君はしっかり僕のもの I've Got You Under My Skin」はオリジナル・アルバム未収録)とをコンパイルした"2ND VAULT OF GOLDEN HITS" (Philips PHM 200-221 / PHS 600-221)、ヴィー・ジェイのアルバム収録曲から新たに編集した"LOOKIN' BACK" (PHM 200-222 / PHS 600-222)、そして以前も紹介した[2]の再発である"THE 4 SEASONS' CHRISTMAS ALBUM" (PHM 200-223 / PHS 600-223)の3タイトルが同時に発売されたのである。

(続く)

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