« February 2011 | Main | November 2011 »

July 06, 2011

ピアソラのバークレイ盤

「またぼちぼち書いていきたい」と書いてからすでに4か月以上が経過してしまった。その間には大震災と原発事故があったのも、タイミングを逸した理由のひとつとは言えるのだが、言い訳にはなるまい。
実はブログ用に書きかけたまま完成していないままのネタも二つほどあるのだが(どちらもピアソラ/タンゴ関係ではない)、それはまたいずれまとめるとして、今日はピアソラの命日なので、ピアソラにまつわるネタをひとつ紹介しておこう(と書いたが、やはり命日中にはまとめられず、1日ちょっと遅れでupしている次第)。

ピアソラはパリ留学時代の1955年、Festivalに4曲入りEPを、Vogueに8曲入り25cmLP『シンフォニア・デ・タンゴ』を、そしてBarclayに4曲入りEPを録音。何度もLPやCDで再発されたVogue録音に対し、FestivalとBarclayへの録音は、長らく入手困難な状況が続いていたわけだが、1996年末にSono Punchから発売された"Paris 1955 - Ses premiers enregistrements"でめでたく復刻。97年の正月に今は亡き新宿のヴァージン・メガ・ストアに入荷との情報を得て、喜び勇んで買いに行ったものだ(それ以前に音の悪いカセット・コピーはどこからか入手していたが)。残念ながらこの"Paris 1955"は契約の関係か早い時期に廃盤となってしまい、プレミアが付く結果となってしまった。2009年にはアルゼンチンのEuroから"Sinfonia de tango - Paris 1955"(EURO 14016)として改めてリリースされたが(ジャケット、曲順は異なる)、何とも残念なことにVogue録音の「バンドー」がピアソラ本人ではない別録音と入れ替わってしまっていた(詳細は「ラティーナ」2009年5月号の拙文記事、拙ブログ「ピアソラの新しい10枚組(1940~50年代録音集成)」をご参照いただきたい)。
Festival盤は不鮮明なジャケット写真がオラシオ・フェレール著"El libro del Tango"に掲載されていたし、ブエノスアイレスを訪れた際に著名なピアソラ・フリークのビクトル・オリベーロス氏所蔵のジャケット(ピアソラ本人から直接贈られたものでピアソラのサイン入り)を写真に撮らせてもらえたので、『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』にもジャケット写真は載せられたが、Barclay盤の方は、当時はジャケットもレコード番号も不明だった。
Barclay盤の4曲は、2000年6月にポリドールからの編集盤『ブエノスアイレスの夏~ピアソラ・レア・トラックス』(残念ながら既に廃盤)にボーナストラック扱いで収録することができた。ケース裏には各収録曲が収録された貴重なEP盤やオムニバス盤のジャケット写真が小さく並べられているのだが、このリリース直前に、某研究家がBarclay盤をお持ちであることが判明したため、お借りして写真を載せることができたのである。
それから約6年が経過、ちょうどナタリオ・ゴリン著『ピアソラ 自身を語る』の翻訳作業終了の頃、ついにフランスの某ショップにてBarclay盤を発見し注文した。ところが、届いた盤はなんとジャケット違いだった(レーベル面は同じ)。
72006c_2
これもまた貴重だから、と自分に言い聞かせ、それからまた5年が経過(というか、『自身を語る』を訳してからもう5年経ったのか)。先日の素晴らしかったパブロ・シーグレル・ミーツ・トーキョー・ジャズ・タンゴ・アンサンブル公演の会場で、盟友である某氏が「Barclay盤、安く出てますよ」とささやいてくれたのだ。帰宅後速攻で注文したのは、言うまでもない。しかも送料込みで1,200円しないではないか。コンディションがまったく未記載だったので、ボロボロでも仕方ないと思っていたら、届いた現物はジャケットにちょこっと書き込みがあり、底割れこそしていたものの、全体的には綺麗で、盤にもほとんど傷がなかった。これほどの美品にはそうそうお目にかかれるものではない。27年間探し続けていた甲斐があったというものだ。
72006a
改めて2種類のジャケットを手にしてみて気になったのが、先に入手していた後期盤ジャケットがいつ頃のものかということ。ヒントを探していて、裏ジャケットの右下にあるクレジットに目が行った。そこには"Photo Herman Leonard"と書かれてあった。
72006d
そしてたどり着いたのがこのページ。ピアソラのジャケットは載っていないが、デザインから見て1957~58年頃のものであることがわかる。そして50年代後半~60年代のBarclayの多くのジャケット写真を撮影したこのハーマン・レナード(昨年8月に87歳で没)は、チャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスなどジャズ・ミュージシャンの写真家として著名な人物だった。それだけに、ピアソラ本人ではなくダンス・カップルの写真であることが、残念といえば残念。57~8年はピアソラの帰国後だから、本人の撮影はかなわなかったということだろう。ピアソラのスペルが間違っているのも(当時は本国でもよくあったことだが)惜しい。
そこで、なぜジャケットが途中で変更されたか気になったところで、こんなものを見つけてしまった。ジャケット・デザインが同じだ! マルセル・パニョール(映画監督、劇作家のパニョルとはスペル違い)というのはウィンナー・ワルツなどを演奏する楽団の指揮者らしい。この裏ジャケットのBarclay盤カタログを見てさらに驚いた。ピアソラの4曲は、このEPのほかに、シングル盤2枚でも出ていたとは! ちなみにピアソラの初回盤の裏ジャケットはこれとは違うMercury盤カタログとなっている。
72006b
先のBarclay盤カタログから検索して、更にこんなものこんなものこんなものも見つけた。画像は悪いがこんなものも。ダンス(ピアソラはこれに分類)、ヴァリエテ=シャンソン以外のものは確認できていないが、ジャンル別に色とレコード番号で分類していたようだ。そしてほとんどは別のデザインで出し直されていることも判明。この最初の統一デザインでも、写真家のクレジットが載っているものがあるが、ピアソラの盤にはないのはなぜか。それはこのフライヤー(1952年のブエノスアイレス、スプレンディド放送局の告知)にも使われた写真をそのまま転用しているからだ。
Piazzollasplendid

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« February 2011 | Main | November 2011 »